「私たちの未熟さゆえであると反省するばかりです」。2018年2月、結婚の延期を公表した秋篠宮家の長女眞子さま(29)と小室圭さん(29)は、文書にこうつづられた。
延期の理由は「結婚後の生活について
充分
(じゅうぶん)な時間的余裕がないこと」で、「急ぎ過ぎていた」と説明された。小室さんは当時、法律事務所の職員で、半年後には弁護士資格を取得するため渡米した。皇族女子の婚約内定者が学生になるという極めて異例の展開となった。
戦前の皇族女子の結婚相手は皇族や華族が多く、両家の縁談で決められるのが通例だった。
戦後、昭和天皇の
后
(きさき)の
香淳
(こうじゅん)皇后は、四女
順宮
(よりのみや)(池田厚子さん)に旧皇族との結婚を望んだが、側近らが近親結婚を理由に反対した。厚子さんは、側近らの取り持ちで旧岡山藩主の池田家の長男、隆政さん(2012年に死去)と何度か会い、1952年に結婚した。名古屋大の河西秀哉准教授(日本近現代史)は「自由恋愛を演出することで、国民に支持される皇室のイメージを作っていった」と指摘する。
その後、長野・軽井沢で出会われた上皇ご夫妻の結婚は「テニスコートの恋」と呼ばれ、ご夫妻の3人のお子さま方もそれぞれ恋愛で結婚相手を決められた。
宮内庁は、お相手の家について事前に調査を行っていた。平成時代の側近は「結婚相手は天皇家を支える者となる。公開情報や関係者への聞き取りで、何代か前まで遡って確認した」と振り返る。
関係者によると、眞子さまについては秋篠宮さまの意向もあり、宮内庁は調査を行っていない。同庁関係者は「秋篠宮さまは眞子さまが選んだ人を信頼されていたのだろう」と話す。
秋篠宮ご夫妻は、慣例にとらわれず、自主性を重んじる教育を実践されてきた。
眞子さまは、大学は多くの皇族が通ってきた学習院ではなく、国際基督教大学(ICU)に進学。そこで小室さんと出会われた。卒業時に公表した文書では、大学や留学先をまず自分で考え、両親の意見を聞いた上で決断していたとし、「私の考えを最大限尊重してくれていることに感謝しております」とつづられた。
秋篠宮さまも2016年の記者会見で、お子さま方の結婚について「娘たちの意思をできる限り尊重したい」と発言。婚約内定後の17年には、小室さんを「非常に真面目な人という印象」と評価された。
しかし、金銭トラブルが報道され、結婚延期後の翌18年の会見では「人の家のことを言うのははばかられますけれども、それ相応の対応というのは大事」とトラブルへの対応を求められた。ただ、最後には眞子さまの意思を尊重し、結婚を認められた。
家族法に詳しい信州大の山口真由・特任教授は「親の考えに沿って結婚相手を自分で決めたら国民から批判され、お父さまからは婚約の儀式はできないと言われた。皇室という日本で最も由緒正しい『家』と、愛を貫く『個人』のはざまで心の傷を負われたことはとても痛ましい」と話す。
今後、皇族女子の結婚に、宮内庁はどう関わるべきか。同庁幹部は「皇室に配偶者を迎え入れる皇族男子と違い、民間人となる皇族女子の結婚相手をどこまで調べるべきか、議論の分かれるところだ」と頭を悩ます。