施設のトイレで窒息死した乳児 事件は防げなかったのか 知的障害の女性が出産、元職員「性のはけ口に」

北海道南部にある就労支援施設で2020年3月、知的障害がある女性がトイレで乳児を出産、そのまま便器に押し込み窒息死させた事件が起きた。北海道警は殺人の疑いで逮捕。函館地検は鑑定留置の結果、責任能力があるとして殺人罪で起訴した。21年1月、函館地裁は懲役3年の実刑判決を言い渡し、弁護側が控訴。同年6月の札幌高裁での控訴審で、保護観察付き執行猶予5年となり判決は確定した。
女性は施設利用者で31歳のまゆみさん(仮名)。死亡した乳児の父親は50代の元施設職員だった。二人は「交際していた」と説明。周囲は交際のことはもちろん、本人を含め妊娠に全く気付かなかった。
事件はなぜ起きてしまったのか。防ぐ手だてはなかったのか。周りのサポートはどうだったのか、裁判資料や関係者への取材から事件を探った。(2回続き、共同通信=下道佳織)
乳児の位牌に手を合わせるまゆみさんの母親
▽トイレに4時間超
「おなかが痛い」。20年3月3日昼ごろ、施設で調理作業をしていたまゆみさんは、トイレに駆け込んだ。生理痛だと思った。「今までで1番」の痛みの中、3002グラムの女の子を便器に産み落とした。小さく泣き声を上げ、手足を動かしていた赤ちゃん。「どうしたらいいか分からなくて」便器の穴に押し込み、窒息死させた。出産による出血で貧血状態になったまゆみさんは、そのままトイレにこもった。
午後4時過ぎ、外勤から戻った施設長は、まゆみさんがトイレから出てこないと聞き、慌ててトイレに向かった。ドアをたたき「出てこないなら強制的に開けるよ」と声を掛けると、ようやく、体が冷え、ぐったりとした状態で出てきた。トイレに入ってから4時間以上がたっていた。
▽学校でいじめ、性教育受けず
まゆみさんは3人きょうだいの長女として生まれた。幼いころから体が弱く、入退院を繰り返した。日常生活の動作や文字を覚えることに時間が掛かると思い、母親は生活に困らないよう一つ一つを根気強く教えた。
小学校は普通学級で学んだが、3年生から勉強について行けなくなった。中学校では特別支援学級に。同級生からいじめられることもあった。
何かの障害ではと思った母親が検査を受けさせると、知的障害があることが分かった。2年生の途中から函館市の特別支援学校に転校し、高校卒業までを過ごした。
当時、高校の担任だった男性は「とても人なつっこい子だが、コミュニケーションや対人関係が苦手だった」と振り返る。学校では主に調理作業や職場実習などをした。性教育を受ける機会はなかった。「まゆみさんは普通の男女交際への憧れを持っていた。当時は性教育の教材も少なかった」と話す。
特別支援学校高等部卒業後は、母親と一緒に見学した就労支援施設に通うことを決めた。寮から通い、調理などの習得に取り組んだ。施設長によると、仕事への意欲は高く、卵焼きを作れなかった時は小遣いをはたいてフライパンと卵を買い、一人で練習していたこともあった。
そんな中での事件だった。ここ数年間、まゆみさんの口から交際相手がいるという話を誰も聞いたことがなく、施設内には衝撃が走った。
札幌高裁=2019年撮影
▽男性「性のはけ口」に
供述調書によると、支援施設職員だった乳児の父親は、施設を退職した17年12月ごろからまゆみさんと約2年間交際した。当時の勤務先は別の施設だった。一緒に作業をする機会があり、緊急時のために電話番号を交換した。
退職後、まゆみさんから「施設辞めたの?」と突然電話がかかってきた。会話する中で、話が合うと感じた。すでに職員ではないことから「彼氏がいないなら付き合おうか」と言った。まゆみさんも受け入れ、交際が始まったという。
日々の連絡は無料通信アプリLINE(ライン)で、休日はドライブも楽しんだ。男性は「自分が気持ち良ければいい」「子どもができたらその時に考えればいい」と考え、性行為の際にほとんど避妊しなかった。まゆみさんが拒絶したことはなかった。「彼女はどちらかというとくっついていたいという気持ちが強く、性行為を求められたこともなかった」。まゆみさんのことは好きだったとしつつも「今思えば単なる性のはけ口として利用していたと思う」と釈明。「全責任は私にあると思っています」と話していた。
無料通信アプリLINEのアイコン
▽誰も気付けなかった妊娠
まゆみさんは元職員との交際を「だめって言われると思った」と施設に秘密にしていた。出産の1カ月ほど前には、職員らと2泊3日の社会見学旅行に参加し、温泉にも入っている。施設長はまゆみさんのおなかを見て「ちょっと太ったんじゃない?」と尋ねた。しかし妊婦ほど大きくはみえず、他に妊娠時の兆候も見られなかったため、深く考えることはなかった。もともとあった偏食が改善された結果かなと思っていた。
まゆみさんの母親(53)も、年末年始に会った時に少し太ったのかなと感じたが「ピザやチョコレートが好きで、食べすぎちゃった」と言われて納得していた。娘は施設で職員たちに見守られているから大丈夫という安心感もあった。妊娠しているとは夢にも思わなかった。
▽利用者が困らないサポートを
専門家は事件をどう見るのか。
田中恵美子・東京家政大教授
「職員でも相手を恋愛対象として認識し、交際していたのであれば問題はないが、性的欲求を満たすためという自分の都合だけで付き合っていたことは支援者という立場を利用した性的搾取ともいえるのではないか。女性だけが罪に問われるのは理不尽だ」。東京家政大の田中恵美子教授(障害者福祉)はこう批判する。まゆみさんが性行為を拒否できなかったことは「障害を理由にいじめられ、怒られることも多かったことで自己肯定感が低く承認欲求が高い状態にあった」と分析。「断れば自分を認めてくれる相手がいなくなるかもしれないという思いもあったのでは」とする。
田中教授は「触られたら嫌な場所、見せられたら嫌なものに対してNOと言う、幼少期からの自分の意思を尊重されるような教育が大切だ」とも指摘する。
日本が14年に批准した国連の「障害者権利条約」第23条では、障害がある人が性の営みや家族計画について年齢に適した情報や教育を享受することや、他者と平等に生殖能力を保持する権利を認めている。
日本社会事業大専門職大学院の曽根直樹准教授
日本社会事業大専門職大学院の曽根直樹准教授(障害者福祉)は「職員は、障害があっても利用者には性行為や家庭を持つ権利があることを前提とした支援をするべきだ。障害特性や理解度に即したサポートをする必要がある」と訴えている。(続く)