【岸田政権の試練】地盤ともに山口も…安倍元首相と林外相の微妙な関係 政治家は戦国武将と同じ合従連衡 実は岸田氏・茂木氏こそ林氏のライバル

林芳正外相の任命をめぐって、山口県の政界事情から安倍晋三元首相が不快感を持っている、という解説をする人が多い。しかし、私は少し違うと思う。政治家同士の関係は、戦国武将同士と同じく合従連衡の繰り返しで、大体は完全な敵でも同盟者でもない。
今回の衆院選では、山口3区(宇部市、萩市など)で現職の河村建夫元官房長官と参院議員だった林氏が公認争いをして、河村氏は長男の河村建一氏を比例単独高順位で遇することを条件に身を引いた。
ところが、中国ブロックの比例名簿では、1位に広島3区(広島市の一部など)で公明党の斉藤鉄夫国交相に譲った石橋林太郎氏が置かれ、重複立候補の候補者が同順位で2位。18位に来年の参院選公認争いで敗れた高階恵美子氏を置いた。
さらに、安倍氏と山口県連が支持する杉田水脈氏を当選可能な順位に置くことも予定されていたので、河村氏を高順位で処遇するのは無理だった。そこで、当選の可能性がそこそこある北関東比例区に回し、河村家は山口政界で居場所を失った(=北関東では次点)。
次期衆院選では人口減で、山口県の小選挙区が4から3に減る可能性が大きい。下関市がある安倍氏の山口4区には、山口3区の半分を併せる。林氏は母の実家、俵田家が創業者である宇部興産の宇部市が山口1区に入りそうなのでそちらに回り、山口1区の一部が岸信夫防衛相の山口2区に移りそうだ。
山口1区の高村正大氏は中国ブロックの比例で高順位で処遇されるだろう。比例単独で連続3回は難しいとされる杉田氏と、河村氏は新しい選挙区を見つけなければならない。
これによって、山口県内では、安倍・岸両家と、実家が山口経済界のドンであり、叔父が婿養子として木戸旧侯爵家を継いで長州閥のプリンスである林氏との安定した秩序ができあがる。安倍氏と林氏が対立しているわけでない。
むしろ、岸田文雄首相と林氏こそが宏池会内でも、ともに父親が通産官僚出身の代議士という意味でもライバルだ。林氏のもう一人のライバルは、東京大学とハーバード大学ケネディスクールの同窓である茂木敏充幹事長である。林氏は法学部、茂木氏は経済学部だ。東京大学出身の首相は、宮澤喜一氏の後、工学部出身の鳩山由紀夫氏以外は30年間出ていない。
茂木氏がこれまでのポストで点数を稼いできたのに対し、林氏には目立った実績がない。日中友好議員連盟会長を務めるなど、政界屈指の「親中派」とされる林氏が、保守派も納得させられるような外交手腕を見せられるかが、首相候補としてのし上がるための、まさに試金石である。
■八幡和郎(やわた・かずお) 1951年、滋賀県生まれ。東大法学部卒業後、通産省入省。フランス国立行政学院(ENA)留学。大臣官房情報管理課長、国土庁長官官房参事官などを歴任し、退官。作家、評論家として新聞やテレビで活躍。徳島文理大学教授。著書に『日本史が面白くなる47都道府県県庁所在地誕生の謎』(光文社知恵の森文庫)、『最強の日本史100 世界史に燦然と輝く日本の価値』(扶桑社BOOKS文庫)、『日米開戦1941 最後の裏面史』(宝島社)など多数。