岩手県立釜石病院が10月、分娩(ぶんべん)を休止した。「地元で産めなくなる」という妊婦や医療従事者の懸念が現実となった。釜石病院では年間約100件の出産を取り扱ってきたが、医師不足や医師の働き方改革が影響し、産科医と小児科医を確保できなくなったことが要因だ。困惑する現場や働き方改革に苦悩する地域医療の現状を追った。【安藤いく子】
今年3月15日、分娩休止が発表された。約半年後の10月には病院で出産できなくなる――。病院内にその知らせが掲示されると、妊婦や市民に動揺が広がった。予兆は2007年に常勤産科医が不在になり、最寄りの県立大船渡病院から医師が派遣され正常分娩のみの対応となった時からあった。
病院では07年以来、正常な出産は主に助産師が対応する「院内助産」で対応してきた。急変に備え大船渡病院から派遣された産科医が待機する仕組みを整え、15年近く釜石市や大槌町の妊婦を受け入れてきた。ところが産科医や新生児をケアする小児科医が不足し、国が進める医師の働き方改革も影響して派遣が継続できなくなった。
市民団体「地域医療と国立病院を守る会」の副会長で、釜石病院助産師の森優子さん(45)は5月に仲間と署名運動を始めた。この間、「地元で産めるんですか」と戸惑う妊婦や、「娘の里帰り出産ができなくなる」と嘆く親に接してきた。署名は1カ月ほどで約1万5000人分が集まり、県に提出。医師確保を求めたが、全国的な産科医不足は深刻で分娩再開の道のりは厳しい。
県によると、県内には出産できる医療機関が10年には40カ所あったが、現在は23カ所と4割減少し、盛岡市など内陸に集中する。10月以降、釜石市周辺の妊婦は健診は釜石病院で受け、分娩は約40キロ南の大船渡病院か約50キロ北の宮古市内の病院などに転院して行うことになった。
三陸沿岸道路が開通し車で1時間以内に到着できるが、森さんは「車を持っていない人や釜石を離れられない人もいる。貧富の格差が産めなくなることにつながってしまう」と危機感を募らせる。
釜石市は市外での出産にかかるタクシー代などの交通費や病院近くで待機するためのホテル代として上限5万円(ハイリスクの場合は上限10万円)を助成する支援策を打ち出した。だが、妊婦の産前・産後ケアにあたるNPO法人「まんまるママいわて」代表理事の佐藤美代子さん(43)は「妊婦の気持ちに寄り添っていない」と批判する。
現状では、健診から出産まで同じ病院でみてもらいたい人や、2人目を産む間に幼い第1子の世話が必要な人を支援する策はない。佐藤さんは「いろいろなニーズがある。タクシー代などだけでは妊婦の不安解消にはつながらない」と一人一人に寄り添ったきめ細かな支援を求めている。