ウィシュマさん誕生日に追悼行事 妹「もう少し一緒にいたかった」

名古屋出入国在留管理局(名古屋市)で収容中、3月に死亡したスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさん(当時33歳)の誕生日の5日、遺骨が納められている愛知県愛西市の明通寺で追悼行事があった。参列した妹ポールニマさん(27)は「生きていれば、今日は楽しみ喜ぶ日だったろう。二度とこんなことが起きないようにしてほしい」と、時折涙を流しながら話した。【和田浩明/デジタル報道センター】
ウィシュマさんの遺骨は、スリランカに縁がある明通寺に納められている。誕生日に合わせて営まれた追悼行事には、ポールニマさんと、遺族の代理人を務める指宿昭一、駒井知会両弁護士らが参列。スリランカに残る遺族から届けられた、ウィシュマさんが生前大事にしていたという英語とシンハラ語の辞書を前に、手を合わせた。
遺骨の入った容器をなでるように触ったポールニマさんは、「なぜこんなに小さな箱に入れられてしまったのか。こういう運命だったのか。『もう少し一緒にいたかった』と心の中で呼びかけた」と話した。
供養は日本式とスリランカ式でそれぞれ行われた。ポールニマさんは参列者へのあいさつで「姉の肉体は失われたが、魂はいつも私たちとともにある。生まれ変わったらこんなに悲しいことが起こらないといい」、支援者らには「私たちのことを心配してくれ、共にいてくれて心から感謝します」とそれぞれ通訳を通じて話した。日本語でも「ありがとう」と述べて頭を下げた。
明通寺坊守の北條良至子(よしこ)さん(68)は、これまで営まれたウィシュマさん関連の法事などの写真集をポールニマさんに贈った。「多くの人がお姉さんを悼んでやって来てくれたことを、(スリランカで待つ)お母さんに伝えてください」と声をかけると、ポールニマさんは「大事にします」と笑顔で話し、胸に引き寄せた。
生前のウィシュマさんと面会し親交があった愛知県津島市のシンガー・ソングライター、真野明美さん(67)は「生きていたら、我が家で誕生日を楽しく祝えていただろうに」と死を悼みつつ「スリランカのお経を聞いて、ウィシュマさんとつながることができたような気持ちになった」と懐かしがった。
ウィシュマさんは2020年8月、在留資格を失って名古屋入管に収容された。21年1月中旬ごろから体調不良を訴え、一時的に収容を解く「仮放免」や点滴などを求めていたが受けられず、3月6日に緊急搬送先の名古屋市内の病院で亡くなった。
出入国在留管理庁はウィシュマさんの死亡の経緯について調査し、医療体制などが不十分だったなどとする最終報告書を8月に公表したが、死亡に至った具体的な経過は特定できなかったとしている。