【皇室のトリビア】#44
小室圭さんと眞子さん夫妻が渡米してから3週間が経とうとしている。2人の住まいはニューヨーク・マンハッタンの「ヘルズキッチン」という地区の高級マンションだそうだ。昔はギャングがのさばる危険な地域で、治安の悪さから「地獄の台所」と呼ばれたらしい。今はセントラルパークやブロードウェー劇場などにも近く、比較的緑も多くて住みやすく、人気のエリアだという。
日本を離れても眞子さん夫妻への関心が高く、メディアはたびたびその様子を伝えている。それによれば、日本では想像もつかないカジュアルな服装で、2人仲良くショッピングを楽しんでいるようだ。2人とも日本では見せたことがない楽しそうな表情が印象的である。そこには3年間も騒がれ続け、前例のない結婚をした元皇族といった雰囲気の片りんもなかった。どちらかといえば、日本からアメリカに留学してきた若いカップルといった印象である。
海外では眞子さん夫妻はヘンリー王子とメーガンさんに似ていて関心が高いのか、イギリスの大衆紙もたびたび報じている。1人でカートを押しながらハンガーやタオルの日用雑貨を買っていたとか、帰る途中で道に迷ったとも書かれているから、あるいはパパラッチのような人物が尾行でもしたのだろうか。今はまだNY生活にチャレンジ中といった感じだが、そのうち慣れれば博物館などで働く眞子さんの姿が見られるようになるかもしれない。
こうした報道を見て「ヘー、自分で買い物までして大変だ」「警備もなくて物騒じゃないか」と心配している人もいるようだが、そうじゃない。これが眞子さんの望みだったのだ。眞子さんは皇室という世界に守られて、カゴの鳥のように見つめられるのではなく、ごく普通の国民と同じような生活をし、同じように働きたかったのだ。それが眞子さんの生き方だったのだろう。だからこそ、婚約を破棄すると思った国民の期待を見事に裏切り、批判を覚悟で小室圭さんと結婚すると宣言したのである。
とはいえ、一挙手一投足を見つめられている日本では不自由極まりない。というわけで、監視されないニューヨークへ渡ったのだろう。
ここまで自由や庶民生活にあこがれる眞子さんの性格はどう形成されたのだろうか。
もともと眞子さんは、性格的にも秋篠宮殿下に似ているといわれる。眞子さんが生まれた時、すでに現在の天皇は皇太子として次の天皇を約束されていた。当然、雅子さまとの間に男の子が誕生すれば、その子が徳仁皇太子のあとを継ぐ。すると秋篠宮さまが天皇の系譜につながる可能性はほとんどなくなり、その生涯を宮家皇族として終わることになる。
昔から「やんちゃな」と形容された秋篠宮さまは、誰からも縛られず、自由に生きようと思ったのではないか。
明治天皇が学習院をつくったときから、皇族は学習院に入るのは義務であったし、その制約がなくなった戦後も、暗黙のうちに皇族は学習院に行くものと思われていた。ところが秋篠宮さまは、ナマズの研究をしたかったのに学習院にはその学部はないので、他の大学を選びたかったといわれた。結局、説得されて学習院へ進んだが、そんな体験が、皇統を継ぐのでなければ子供たちにも自由な選択肢を与えたいと思ったのだろう。
眞子さんはICU(国際基督教大学)を選び、妹の佳子さまも、学習院を中退してICUに入学した。こうした選択に秋篠宮さまは反対していない。結果的に眞子さんはICUを選択したことで小室圭さんと出会うのだが、婚約延期の当時はその学校選びのことがたびたび批判された。学習院だったらこんなことには……というわけである。しかし、強いられた道ならつらいが、自分の選んだ道なら我慢できる。だから、最後まで眞子さんは自分の意志を貫けたのだろう。