大阪市北区曽根崎新地1の雑居ビルにあるクリニックで24人が死亡した放火殺人事件では、多くの患者のほか、男性院長も安否が分からなくなっている。クリニックには、精神的な不調で休職し、職場復帰を目指す人や悩みを抱える人たちが多く通っていた。支えとなっていた場所を失った患者らは「心に穴が開いた」「これからどうすればいいのか」と動揺を隠せないでいる。
「先生には本当に助けてもらい、自分の人生で大きな存在だったのに」。18日に現場を訪れた自営業男性(55)は、そう言って涙を流した。
男性は発達障害で、約3年前からこのクリニックに通っていた。虐待を受けて育った経験があり、院長は「50年以上、本当にしんどかったですね」と言ってくれたという。男性は「先生は自分の人生を変えてくれたし、他にも助けられた人はたくさんいる」と語った。
クリニックはJR大阪駅周辺のオフィス街近くにあり、平日は午後10時まで診察し、勤務後に受診する会社員らも多かった。
事件のあった金曜日午前は毎週、「リワークプログラム」と呼ばれる講座が開かれていた。休職中の人らの職場復帰に向け、テーマごとに意見交換をしたり、病気や復職に向けた知識を学んだりする場だった。職場に近い環境に慣れるためのグループワークもあり、多い時は約20人が参加していたという。
院長と交流のあった、障害者雇用支援会社の鈴木慶太さん(44)によると、院長は元々、内科の診療をしていたが、精神的に不調になる会社員らを多く診察し、心療内科の診療も始めたという。
鈴木さんは「午後10時まで診察しているクリニックは少なく、すごく人気があった。先生は復職に向けたサポートに問題意識を持っていて、多くの患者が通っていた」と振り返る。
プログラムを受けていた女性(22)は「私には先生だけが頼りで、心に穴が開いてしまったようです」と話す。4年前から診察を受け、不眠症などに悩む女性に院長は「気にしなくていいよ。困っているのは全部病気のせいだから」と優しく声をかけてくれたという。女性は「先生に診てもらって薬を処方してもらえば楽になった。薬もなくなり、明日からどうしたらいいのか」と困惑した。
うつ病で休職し、受診していた男性(56)は「先生の『苦しんで働かなくていい。休んでくださいね』という温かい言葉が耳に残っている。同じ境遇にある人たちとグループワークを通じて仲良くなれたので、あんな場所が増えてほしかった」と話した。
就労に向けた支援を受けていた20代の女性も「心療内科に通う人たちはみんな過去に嫌な思いをしているのに、なぜ事件でさらに苦しめられなければいけないのか」とうなだれた。
クリニックには約600人が通院していたといい、大阪府は大阪精神科病院協会などを通じ、他の病院に患者を受け入れるよう要請している。【山本康介、芝村侑美、森口沙織、清水晃平】