岸田政権の「新しい資本主義」に漂う、高度経済成長へのノスタルジー<経済思想家・斎藤幸平氏>

◆高度経済成長へのノスタルジー

―― 岸田政権は「新しい資本主義」を掲げ、小泉改革以降の新自由主義的な政策を転換し、分配を強化すると表明しています。斎藤さんは『人新世の「資本論」』(集英社新書)で資本主義のあり方について議論していますが、岸田政権の「新しい資本主義」をどのように見ていますか。

斎藤 コロナ禍で、ついに自民党も新自由主義改革の問題点を認めざるを得なくなったということでしょう。1995年以降、自民党が雇用にかかわる規制の緩和を進めたことで、日本の労働環境は悪化し、低賃金・長時間労働が広がっていきました。いわゆるブラック企業やブラックバイトも増え、労働者を使い潰す働かせ方が一般化してしまった。

その一方で、スーパー富裕層たちは資産運用などによって富を増やし、アベノミクスのもとでは年間所得1億円以上の人が1万人ほど増えました。その背景には、企業が株主への配当金をどんどん増やしたことがあります。

こうした貧富の格差をさらに悪化させたのがコロナ禍です。非正規雇用の労働者の多くはテレワークが難しい仕事についているため、コロナに感染する危険にさらされながら働かなければならず、休業補償金も支払われないなど、苦しい立場に追い込まれました。

それに対して、富める者たちはテレワークができるため、コロナに感染する心配もなく、株高を利用して、資産を増やしていきました。

このような状況を受けて、さすがの自民党も経済格差を解消する方向へと舵を切ることにしたのでしょう。これはある意味で当然のことです。岸田さんではなく他の人が総理大臣だったとしても、同じ方針を打ち出していたと思います。

しかし、問題は、岸田政権の経済政策によって本当に格差を是正できるのかということです。

岸田さんの「新しい資本主義」の内容は非常に曖昧で、具体的にどのような政策をとるつもりなのか、まだはっきりしません。その分配政策は経済成長を前提としていますが、成長戦略の要はデジタル産業です。しかし、デジタル分野に投資するだけなら、アメリカを見ればわかるように、むしろ貧富の格差は拡大するでしょう。デジタル産業はかつての自動車産業などと比べて、あまり雇用を生まず、寡占を生み出す傾向があるからです。

もう一つ指摘すると、岸田政権は「第6次エネルギー基本計画」で、2030年までに石炭火力を19%、原子力を20~22%、再生エネルギーを36~38%にすることを目標として掲げています。しかし、これほど気候変動が問題になっている中で、石炭火力のような旧来の技術に依存するなど到底考えられません。

実際、石炭火力を重視する日本の姿勢は、先日グラスゴーで開催されたCOP26(国連気候変動枠組み条約締約国会議)でも厳しく批判され、日本は温暖化対策に後ろ向きな国に贈られる「化石賞」に選ばれてしまいました。

岸田政権は「令和版所得倍増計画」を打ち出すなど、どうもかつての高度経済成長へのノスタルジーを持っているように見えます。けれども、もし岸田さんが石炭火力を使用したり、ガソリン車などをたくさん作ったり、あるいはGOTOキャンペーンによって人々にお金をバンバン使わせることで経済を成長させようと考えているなら、それは「新しい資本主義」でもなんでもなく、古い技術に基づいた「古い資本主義」にすぎないのです。

◆経済成長と環境保護は両立しない

―― 諸外国もコロナ禍によって経済格差が広がったため、様々な対策を講じていますが、岸田政権との違いはありますか。

斎藤 世界の政財界の指導者たちが集まるダボス会議でも「グレート・リセット」が掲げられ、経済のあり方を根本的に見直そうという動きが見られるようになっています。その意味で、海外も日本と同じように「新しい資本主義」を模索していると思いますが、岸田政権の政策とは全く違う内容です。

たとえば、アメリカのバイデン政権は大規模な財政出動を行い、再生可能エネルギーや電気自動車用のインフラ整備などに投資することで、新たな雇用を生み出そうとしています。これはグリーン・ニューディール政策と呼ばれるものです。

彼らの念頭にあるのは環境問題です。近年、国際社会では環境問題への関心が高まっており、特にコロナ禍以降、環境に対する危機意識が強くなっています。パンデミックの原因は環境破壊にあると見られているからです。

その流れで、今後やってくることになる気候危機という環境問題に対して、もっと積極的な対策をしなくてはならないという意識が強くなっている。その際には、持続可能な技術に投資することで、緑の経済成長を実現することが目指されるようになっているのです。

―― 海外の「新しい資本主義」によって、環境を保護しながら経済成長を実現することはできますか。

斎藤 現在の取り組みでは環境を維持することはできないというのが、グレタ・トゥーンベリさんたちの見方です。グレタさんたちはCOP26にあわせてグラスゴーで大規模なデモを行い、COP26に対して、「グリーンウォッシュ(うわべだけの環境配慮)」、「ブラ・ブラ・ブラ(くだらないおしゃべり)」と強い表現で批判していました。COP26で提出された温室効果ガス排出量の削減計画を実施しても、2100年までに約2.4℃気温が上昇することになり、これまで目標とされていた1.5℃を大幅に上回ります。

また、今回のCOP26はコロナ禍のせいで、一部の発展途上国の人たちは参加できませんでした。しかし、気候変動の影響を最も受けるのは発展途上国の人たちです。これでは何のためにCOPを開いたのかわかりません。グレタさんたちはこの点も非難していました。

『人新世の「資本論」』でも論証しましたが、環境を守るためには、先進国が経済成長をあきらめなくてはなりません。つまり、大胆なシステムチェンジが必要で、無限の経済成長を続けようとする資本主義という既存の枠組みを維持しながら環境を維持していくことは不可能です。資本主義そのものを見直し、脱成長型の社会に転換していく必要があります。

そうした「人新世」という時代の大きな文脈で考えると、日本の経済政策は欧米に対して何周も遅れているし、その欧米の政策ですら不十分で、方向性も見誤っているということになります。

◆なぜ日本の若者は保守化しているのか

―― 諸外国ではグレタさんに代表されるように、若者たちが格差や気候変動に対して声をあげ、それが社会を動かす力になっていますが、日本ではそうした運動はほとんど見られません。先の衆議院選挙でも、多くの若者が格差や気候変動を引き起こしてきた自民党に投票しており、非常に保守的という印象を受けます。その理由はどこにあるのでしょうか。

斎藤 色々な要因が絡み合っていると思うので、「これが答えだ」と言い切ることはできませんが、私が見聞した範囲で話しますね。先日、仙台の「フライデーズ・フォー・フューチャー(未来のための金曜日)」の若者たちと話をする機会がありました。この運動の元祖が、例のグレタさんのスウェーデン国会前での座り込みです。それに賛同した若者たちが次々、金曜には学校をサボタージュし、政府に対して気候変動対策をとるよう強く求めたのです。

欧州でのこの動きに触発され、日本でもフライデーズ・フォー・フューチャーが結成され、デモやオンラインでのアクションなど様々な運動を行っていました。しかし、日本のフライデーズは、グレタさんの運動の一番の核である学校ストライキをやったことがありませんでした。今回仙台のグループが初めて学校ストライキを行ったのです。

なぜこれまで学校ストライキをやってこなかったのかと彼らに尋ねたところ、過激なことをやると社会の支援が得られないと考えたからという答えが返ってきました。彼らはデモやストライキについても「気候マーチ」と言い換え、柔らかい表現を使っていました。

これは若者の問題というより、日本社会全体の問題です。日本には波風を立てることを避けたり、誰かを強い言葉で批判することを嫌がる風潮があります。大人たちも争いを好まず、自分たちの上の世代の顔色をうかがいながら日々の生活を送っています。

若者は大人の姿を見ていますから、大人たちがそうした振る舞いをしていれば、若者たちも積極的に声を上げることを避け、保守的になっていくのは無理もありません。

2019年に日本財団が世界9カ国で行った18歳の意識調査によると、「自分で国や社会を変えられると思うか」という質問に対して、「イエス」と答えた割合は、日本は2割にも届かず、諸外国と比べて圧倒的に低くなりました。

しかし、私たち大人にしても、「自分で国や社会を変えられると思うか」と問われ、「イエス」と答える人はほとんどいないと思います。

こうした状況を改善するには、人々が声をあげることによって、たとえ少しずつだとしても、実際に社会が変わっていくという経験を重ねることが重要だと思います。若者も大人も含め、私たちは社会に対してもっと声をあげていく必要があります。

◆ポスト冷戦世代の役割

―― 格差問題や、環境破壊をもたらす企業活動のあり方に真っ先にノーを突きつけるべきは労働組合だと思います。しかし、昨今の連合(日本労働組合総連合会)は存在感を発揮できておらず、共産党を批判する場面ばかり目立ちます。

斎藤 旧来の労働運動が有効性を失っているということだと思います。労働組合は基本的に経済成長を前提に企業に対して賃上げを要求しますが、日本では経済成長自体が難しくなっており、仮に経済成長を実現できたとしても、それによって環境が破壊されてしまうので、これまでの労働運動のあり方では広範な支持が得られなくなっています。

また、最近では非正規雇用の労働者やパートで働いている人たち、介護や保育などケア労働に従事している人たちが増えていますが、連合は大企業の労働組合が中心となっています。非正規雇用がどんどん増え、マジョリティになりつつあるのに、彼らを包含していないのだから、旧来型の労働運動が行き詰まるのは当然です。

その結果、いまや連合は大企業の正社員の特権を守り、非正規雇用の労働者たちを排除しているようにさえ見られています。だから衆院選の際も、野党共闘を応援している人たちから「連合はいったい何をしているのか」と批判されたわけです。

一方で、今野晴貴さんの『ストライキ2・0 ブラック企業と闘う武器』(集英社新書)によると、日本でも非正規雇用やケア労働に従事する人たちを中心とする運動が生まれつつあるそうです。連合はそうした運動を取り入れつつ、組織や運動のあり方をアップデートしていくべきでしょう。

―― 資本主義を根本的に見直し、脱成長へと舵を切る上で大きな壁になっているのは、世代の問題だと思います。ソ連の記憶が鮮明で、学生時代に過激な学生運動を経験した人たちは、条件反射的に「脱成長とは要するにソ連のことだろう。そんなものは受け入れられない」といった発想になるのだと思います。立憲民主党と共産党の共闘に反対しているのも、この世代の人たちだと思います。しかし、いまの40代以下はソ連の記憶はそれほどないですし、学生運動に参加した経験もないでしょうから、あと10~20年もたてば、日本の様子はだいぶ変わってくると思います。

斎藤 それは間違いないと思います。ソ連崩壊に直面した世代は、とにかく資本主義以外の選択肢はなく、資本主義の枠内で問題を解決しなければならないという発想を強く持っています。しかし、私自身もそうですが、ポスト冷戦世代はそうした発想にとらわれていません。ポスト冷戦世代が社会の中心になれば、価値観は確実に変化します。

すでに海外では「資本主義のままではダメだ」という声が強くなっています。グレタさんが50歳になるころには、世界は全く違う景色になっているはずです。日本もこの流れに乗り遅れてはなりません。

岸田さんの「新しい資本主義」はおそらくうまくいかないので、今後日本では格差がさらに拡大し、社会的弱者がますます苦しい立場に追い込まれる可能性があります。そうなれば、より大きなシステムチェンジを求める声が高まってくるはずです。そうした声をすくいあげていく運動を、リベラルや左派、あるいは保守も含め、日本社会の中にいまから作っていく必要があります。
(12月4日 聞き手・構成 中村友哉 記事初出:月刊日本2022年1月号)

さいとうこうへい●1987年生まれ。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想

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げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。

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