―[言論ストロングスタイル]―
◆表向き対立しているような自民・立民は、実はグルなのだ
政治に絶望するのは勝手だが、諦めて何もしないと何をされるかわからないのは、コロナ禍でほとんどの国民が懲りただろう。政治への監視を怠ったツケだ。
特に、日本人は長らく「マトモな野党」特に「マトモな野党第一党を持てない」宿痾に苦しめられてきた。海江田、岡田、蓮舫、そして極めつけの枝野。無能な歴代野党第一党党首が安倍晋三内閣の史上最長政権化に貢献したか計り知れない。
自民党への批判などいくらでも可能なのに、あえて頓珍漢な「追及」を繰り返す。これで、どれほど自民党政権は助けられたかわからない。本欄’21年3月9日号で指摘したが、自民党と立憲民主党には「森山-安住ライン」が存在し、安倍・菅政権では国会の意思決定は、このラインで行われてきた。自民・立民で国対委員長だった森山裕と安住淳の二人がそれぞれの党派の利益を背負って話し合い、妥協点を取り決める場だ。言ってしまえば、表向き対立しているような両党は、実はグルなのだ。
◆事実上の政界再編が行われ、自民党の守護神が消えた
ところが、総選挙を経て、そのラインが崩壊した。今や日本の国会は別の国かと思うほど正常化している。「いつもの野党」による特定少数者向けの「追及」は鳴りを潜め、自民党の政策の誤りを数字に基づいて科学的に批判する。その結果、「18歳以下の若者に10万円を配る。ただし5万円分はクーポン券で」という謎の政策は転換を余儀なくされた。
今や、事実上の政界再編が行われているのだ。
安倍内閣の守護神と目された枝野幸男が去り、立憲民主党の代表が泉健太に代わった途端に、これだ。野党の真っ当な政策論争の前に、大臣たちが立ち往生している。
◆議会は政府吊し上げの場でも、支持者向けパフォーマンスの場でもない
それでも自民党の方は油断しているようだ。クーポン券の方針転換にしても、「先に転換してしまえば野党の追及をかわせる」と思ったようだ。だが、既に実務を担う地方自治体からは「混乱させるな」と苦情が殺到だし、メディアは「迷走」と書き立て始めた。
本来、議会は穏やかに話し合う場であって、政府を吊し上げる場でも、支持者向けのパフォーマンスの場でもない。最初に「提言」型野党を提唱、実践したのは国民民主党であり、日本維新の会も岸田文雄政権になって与党との対決姿勢を明確にした。両党は連携を深める。これに泉体制になってからは立民も同調の姿勢だ。
◆野党国対という「いつもの野党」のたまり場の崩壊
ここに画期的な出来事がある。
12月8日、立民の馬淵澄夫国会対策委員長は共産党と社民党に「野党国対の不開催」を通告した。野党国対とは、言うなれば「いつもの野党」のたまり場だ。立民・国民・共産・社民の四党が結集し、与党の不祥事を追及する算段をする。同時に自民党との「ライン」を通じて、取引をする司令塔でもある。立民の代表選挙後、泉・馬淵ら旧国民民主党系の議員が主流派となり、国対談合政治の象徴のような安住淳は去った。
先に国民民主党は野党国対から離脱し、これで第一党の立憲民主党も共産・社民に手切れを宣言したようなものだ。
◆自民党はとっくに政権担当能力を失っていた
共産社民はもちろん、立憲民主党の特定の支持者が宗教的な信念の如くこだわってきた憲法審査会への不参加も、立民は方針を転換して参加することになった。そんなに自民党に改憲をさせたくないなら、堂々と議論して打ち負かせばいい。泉代表は「議論には応じるが、法律でやればいいことを憲法に書き込もうとの姿勢には乗らない」と明言したが、正論だ。
とっくに自民党は政権担当能力を失っていた。自民党議員の甚だしい勘違いは、「官僚の振り付けに上手く踊れるのが優秀な議員」との思い込みだ。自分の頭を官僚に預けている。その官僚がコロナで何をどうしていいかわからなくなったら、政府のアドバイザーにすぎないヤブ医者どもの言いなりだ。
政治家と官僚は根本的に性質が違う。官僚は、決められた路線に従い日々の課題をこなす。政治家は、どの路線に進むのかを決める。
◆長く続けるだけでは、政治家としての意味はない
嘆かわしいのが、岸田首相だ。
日々のルーティンをこなしていたら長くは続けられるが、ただ長いだけでは政治家として仕事をしたことにはならないと自覚しているようだ。
「新しい資本主義」を打ちだした。問題は、その「新しい資本主義」とやらを今から有識者会議を集めて議論するとか。岸田首相は「池田勇人を目指す」と宣言しているが、池田とは似ても似つかない。
◆「話し合いの政治」をもたらした池田
池田の偉大さは、敗戦で日本人が何をどうしていいかわからなくなっていた時代に、「自由こそが大切だ!」と指し示したことだ。殺し合いによって打ち立てた一党独裁の政治ではなく、話し合いの政治。政府が経済を計画し国民は命令に従うのではなく、好きなように商売ができる自由主義経済。
そうした政治的自由や経済的自由を共有できる国々との連帯。池田は敗戦日本を世界の経済大国に押し上げただけでなく、アメリカとの同盟を堅固にしつつアメリカ以外の自由主義諸国との同盟を広げていった。確かに岸田首相が見習うべき人物だ。
◆権力の座に長く留まり腐敗した自民党の態度
もう一つ。池田は演説が好きだった。下手だったが、直接国民に自己の所信を訴えるのを好んだ。最初、所得倍増計画を打ちだした時、ほとんどすべての国民は笑い転げた。10年で月給が2倍になど、なるはずがないと。だが池田は丁寧に数字の裏付けを挙げながら「皆さんが一生懸命に働けば必ず実現します」と明言した。国民は半信半疑ながらも、希望を感じた。
また、池田は健全な二大政党制の実現を考えていた。だが、池田の所得倍増があまりにも上手くいき、対抗できる野党が育たなかった。しかし、今の自民党は池田の遺産を食いつぶしているだけだ。権力の座に長くいると腐敗するに決まっている。現に自民党は統治能力を無くしている。それでも「野党に追及されても、直せばいい」と政権与党でいることが自明であるかのような態度だ。
◆野党は「憲政の常道です」と穏やかに迫ればいい
ならば簡単だ。野党は今国会での態度のように、政策論争で自民党の誤りを指摘し続ければいい。騒ぐのはマスコミが勝手にやってくれる。騒ぎが大きくなったところで、その時点での野党第一党党首が「岸田総理、お疲れのようですから代わりましょう。与党が行き詰まれば野党第一党に政権を譲るのが憲政の常道です」と穏やかに迫ればいい。
さて、それをやるのは誰か。泉か、はたまた他の誰かか。
【倉山 満】
’73年、香川県生まれ。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中より国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務め、’15年まで日本国憲法を教える。ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰し、「倉山塾」では塾長として、大日本帝国憲法や日本近現代史、政治外交についてなど幅広く学びの場を提供している。著書にベストセラーになった『嘘だらけシリーズ』のほか、9月29日に『嘘だらけの池田勇人』を発売
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