NHK字幕問題 大阪放送局長陳謝「入れるべきではなかった」

2021年12月に放送されたNHK・BS1スペシャル「河瀬直美が見つめた東京五輪」に不確かな字幕があった問題で、NHKの前田晃伸会長は13日に開かれた定例記者会見で「映画関係者や視聴者に本当に申し訳ない。チェック機能が十分働かなかったのが一番大きな問題だ。非常にお粗末だと思う」とおわびした。
制作したNHK大阪放送局の角(かど)英夫局長もこの日の定例記者会見で「真実に迫る姿勢を欠いていたと言わざるを得ない。あの字幕は入れるべきではなかった」と述べ、陳謝した。その一方で「捏造(ねつぞう)や、やらせではない」と従来の立場を崩さなかった。角局長は再発防止策として、番組の制作に直接関わっていない職員を立ち会わせて内容を点検し、プロデューサーやディレクターを対象とする研修を始めたことを明らかにした。
番組は、映画監督の河瀬直美さんが総監督を務める東京オリンピック公式記録映画の製作過程に密着するドキュメンタリーで、21年12月26日に放送し、30日に再放送した。
問題となったのは、五輪開催中、河瀬さんから依頼を受けた映画監督の島田角栄さんが競技場の外で出会った男性にインタビューする場面。NHKはその様子を撮影・編集し、男性の顔にぼかしを入れた上で、「五輪反対デモに参加しているという男性」「実はお金をもらって動員されていると打ち明けた」と字幕を付けて放送した。
NHKによると、島田さんのインタビュー後にNHKが補足取材をした際、男性は「これまで複数のデモに参加し現金を受け取ったことがある」「五輪反対デモにも出るつもりだ」と話したが、ディレクターらは男性が五輪反対デモに参加したかどうか事実確認を怠ったまま、字幕を付けた。
13日の記者会見で、問題の字幕について「視聴者は五輪反対デモに参加したと受け取るのが自然だ」との指摘に対し、角局長は「あのシーンで字幕を使うべきではなかったが、2枚のテロップは次のインタビューの『人物紹介』のように使っている」と釈明した。
関係者の追加調査や番組の検証、放送倫理・番組向上機構(BPO)による調査の必要性などについては、いずれも「差し控える」などと言及を避けた。男性が五輪反対デモに参加したかという事実関係の根幹について、記者から「番組の取り消しにも関わることだ」などと繰り返し問われても「(回答は)控える」とした。角局長自らを含めた処分については「取材の基本ルールが守られていなかったことが原因で、必要な対応が検討される認識でいる」と述べた。
NHK大阪放送局は9日に、「字幕の一部に不確かな内容があった」と公表。同日夜のBS1スペシャル放送後、2分間のおわびを流した。NHKは12日の経営委員会で、番組の担当者が匿名が適正かなどを判断するチェックシートによる確認を怠っていたことを報告した。「クローズアップ現代」のやらせ疑惑に対する再発防止策として15年に導入された手続きが生かされていなかった。【倉田陶子、稲垣衆史】
まったく理解できない、徹底的な原因調査を
影山貴彦・同志社女子大教授(メディアエンターテインメント論)の話 事実関係の取材が不十分なまま、なぜ字幕を表示したのか、まったく理解できない。NHKはドキュメンタリーで不確かな内容を放送した時点で、それは捏造(ねつぞう)にも匹敵すると自戒、自省しなくてはならない。
ドキュメンタリーの取材で撮影や録音ができなかった場合、字幕で情報を補足することはよくある手法だ。ただし、それは十二分に取材を尽くすことで許されるのであって、NHKはメディアとして絶対にしてはならないことをやってしまった。
問題の場面は、多様性やリアルさを伝えようとする河瀬直美監督に密着した番組全体のトーンからして、あえて脚色する必要性が感じられない。NHKの側に何か意図的なものがあったと疑わざるを得ない。視聴者が、五輪反対デモはお金をもらえるからやっている、いかがわしいものだと感じてしまうおそれがある。中立であるべきメディアが、世論を二分したオリンピック開催の賛否について、視聴者を賛成の方向に誘導しようとしたと受け止められても仕方がない。
NHK大阪放送局が釈明する通り、番組の製作担当者の思い込みだったとしても、局の説明はあまりに不十分で情けない対応だ。今回の問題で、視聴者に「NHKの番組作りのレベルはその程度か」と思わせてしまった。NHKだけでなくテレビ業界全体に対する信用を落とす行為だ。放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会などの第三者機関で徹底的に原因を調査し、再発防止策を講じるべきだ。