きょう(6日)午後、神奈川・相模原市にある、団地の敷地内で水道管が破損し、水が噴き出しました。およそ5時間たった現在も、水は噴き出し続けています。
きょう午後1時半すぎ、相模原市緑区下九沢の大沢団地で「水道管が破損、水が高さ10mぐらい吹き上がっている」と目撃者から110番通報がありました。
警察によりますと、団地の敷地内にある、給水施設の水道管が破損し、水が噴き出しているということで、およそ5時間がたった午後6時半現在も、水は止まっていないということです。
給水施設の建物の側面に沿って、敷設された水道管は、高さがおよそ4メートルで、その先についていたバルブが付近に落ちていたことから、何らかの原因でバルブが破損して、そこから水が噴き出したとみられています。
午後5時半ごろから、水道業者による復旧作業が行われていて、これまでに断水は確認されていないということです。
現場は、JR橋本駅からおよそ2キロの団地です。
投稿者「F.Krueger」のアーカイブ
北海道、愛知、福岡も副首都化を 維新吉村氏、経済圏の多極分散
日本維新の会の吉村洋文代表(大阪府知事)は6日、共同通信のインタビューに応じ、与党で進める「副首都」構想に関連し、大阪の他、北海道と愛知、福岡両県を候補地に挙げた。「切磋琢磨したい。中京、関西、九州、東北・北海道で強い経済圏をつくれたら、日本は個性的にもっと成長する」と述べた。「大阪都構想」の実現にも改めて意欲を示し、高市早苗首相とやりとりをして進めていると明かした。
吉村氏は経済圏の多極分散について「欧州に行くと九州だって一つの国ぐらいの単位だ」と指摘。「エリアの個性や価値観に基づき、いろいろなことにチャレンジできる経済財政政策、税制をつくることが成長につながる」とした。
大阪都構想を巡っては「首相とはしっかり話をしながら進めている」と説明した。都構想の制度案を作る法定協議会の設置に際し「都構想の実現を目指す」との趣旨を首相に伝えたという。首相から否定はされなかったといい、具体的な返答は「後日話せるときに話す」とした。
石破前総理「法理論的にあまり正しくない」 国旗損壊罪の制定めぐり疑問示す
与党が今の国会での成立を目指す「国旗損壊罪」の制定に関する法案について、自民党の石破前総理は6日、「法理論的にあまり正しくない」と疑問を呈しました。
与党が今の国会で成立を目指す国旗損壊罪の制定に関する法案では、人に著しく不快感や嫌悪感を抱かせるような方法で公然と国旗を傷つけることなどを処罰の対象にするとしています。
自民党のプロジェクトチームなどは1日、法案を大筋で了承していますが、石破前総理は6日、TBSラジオ「プチ鹿島 赤坂タイムス」に出演し、法律が守ろうとする利益や価値を意味する「保護法益」が明確でないと指摘した上で、「法理論的にあまり正しくない」との考えを示しました。
刑法では、外国国章損壊罪が制定されていることから、石破氏は「日の丸を損壊しても許せないと一般感情としてはなる」と一定の理解を示す一方、「外国の国旗を毀損すると、それがもとで国際紛争が起こったりする」と話し、「保護法益」の観点からも自国の国旗と外国の国旗の損壊に対する対応は区別する必要があるとの認識を示しています。
女性の死因は出血性ショック 逮捕の男 容疑を“殺人”に切り替え送検 北海道・千歳市女性刺殺事件
千歳市で女性が包丁で刺され死亡した事件で女性の死因が出血性ショックだと判明しました。
容疑を殺人未遂から殺人に切り替え検察庁に身柄を送られたのはインドネシア国籍のマハムディ・アグン・ラクサナ・アジ容疑者です。
容疑者は今月(2026年6月)4日、千歳市信濃1丁目の歩道で知人とみられるスリ・ラハユさんの腹を包丁で刺し殺害した疑いが持たれています。
警察によりますと、ラハユさんには、胸や腹に複数回刺された傷があり司法解剖の結果死因は出血性ショックだと判明したということです。
駆け付けた警察官やラハユさんの知人男性もけがをしましたが命に別条はありません。
容疑者は調べに対し「殺そうと思って刺しました」と容疑を認めていて警察が動機などを調べています。
栃木強殺、少年3人を再逮捕 被害女性の息子2人に重傷負わせたか
栃木県上三川(かみのかわ)町の強盗殺人事件で、被害女性の長男と次男に重傷を負わせたとして栃木、神奈川両県警の合同捜査本部は6日、実行役とされる相模原市の少年2人と川崎市の少年1人(いずれも16歳)を強盗殺人未遂容疑で再逮捕した。
捜査本部は7日にも、少年らの指示役とされる竹前海斗(28)、妻の美結(25)両容疑者を同容疑で再逮捕する方針。5日には別の少年1人を再逮捕していた。
少年3人の再逮捕容疑は5月14日午前9時25分ごろ、別の少年や竹前容疑者夫婦らと共謀し、富山英子さん(69)宅に押し入り金品を物色。富山さんの40代長男と30代次男に発見され、発覚を免れるために2人の頭などをバールで殴ったとしている。
長男と次男は、自宅にいた父親からの連絡で駆けつけ、襲われた。長男は右腕を骨折、次男は頭部の骨折や脳挫傷と診断された。
捜査本部によると、6日に再逮捕された相模原市の少年が、実行役の中で中心的な立場だった。この少年が事件前から竹前容疑者と面識があり、他の少年を集めたとみられる。【白川徹】
元朝日新聞記者・今野忍氏が「辺野古転覆事故」現地取材 現役船長は「安全管理の意識が1ミリもない。これは完全な人災です」
政治記者・解説者として鋭い言論を展開する今野忍氏による新連載「これ、誰も言わないんですけどね」がスタート。第1回は辺野古の抗議船転覆死亡事故の悲劇はなぜ生まれたのか──。
「辺野古転覆」事故は”人災”だった
5月15日から3泊4日の日程で、WEBメディア「ReHacQ(リハック)」の取材クルーと沖縄へ飛んだ。3月に発生した辺野古沖のボート転覆事故の真相を追うためだ。
米軍基地建設のための埋め立て工事を海上から見学するツアーに、研修旅行で訪れた同志社国際高校の生徒18人が参加。抗議船2隻が相次いで転覆し、船長の金井創氏と、武石知華さん(17)が帰らぬ人となった──。
現地に到着して私は言葉を失った。知華さんたちが乗船したという護岸への道は極めて足場が悪い。なぜ学校の研修旅行で、こんな劣悪な場所から乗船させたのか。
後に取材を進めて分かったことだが、学校から生徒の乗船を請け負った「ヘリ基地反対協議会」と、地元の漁港との間には、普段からまともな交流がなかった。防波堤に囲まれ、足場も整備された漁港の船着き場を使わせてもらっていたら、あんな危険な護岸から乗る必要などなかったはずだ。
漁港周辺を取材する私たちを見て、「少しなら話せる」と声をかけてくれた現役船長がいた。狭い業界ゆえ顔出し・声出しは一切NGの完全匿名だ。
「あの日は、海に出てはいけない日でした」
船長によると、当日は波が2メートル近くにまで達する悪天候だった。
「そんな日に、定員いっぱいの『素人』を乗せ、20フィート級(6~7メートル)の小さな船で出航するなんて自殺行為に近い」
海に出てからも致命的なミスが2つあるという。
1つ目が「航路選択の誤り」だ。船が転覆した小島周辺はリーフエッジ(サンゴ礁の縁)で、浅瀬と深場の境界線ゆえに激しい白波が立ちやすい。
「船舶免許を取るとき、悪天候時は絶対近づくなと教わる魔の海域です」
2つ目が救助判断の誤りによる二次被害だ。1隻目の「不屈」が転覆した際、2隻目の「平和丸」は救助能力などないのに生徒10人を乗せたまま救助に向かい、転覆。共倒れである。船長が続ける。
「安全管理の意識が1ミリもない。これは完全な人災です」
この指摘は高校側にも当てはまる。学校は事前の下見を怠り、どんな船でどんな危険な航路を行くのかすら把握していなかった。当日は引率の教員が乗船せず、生徒たちの命を丸投げ状態だった。
「ヘリ基地反対協議会」もまたきな臭い組織だ。設立は1997年。大手新聞やテレビはなぜか明確な表現を避けるが、日本共産党ががっちりと構成団体に名を連ねる政治色の強い組織だ。社民党も深く関わっており、私の独自取材では、福島瑞穂・党首が複数回にわたってこの団体の抗議船に乗り込んでいる。こうした革新政党に、県内の労働組合や市民団体が野合した任意団体が、今回の悲劇を招いたのだ。
次回はこの団体と学校の関係、そして歪んだ「平和教育」の罪について、さらに深く切り込みたい。
【プロフィール】今野忍(こんの・しのぶ)/1975年、神奈川県出身。外資系コンサルを経て、2003年に朝日新聞社に入社。約20年間にわたり政治部に所属し、菅義偉元首相、岸田文雄元首相の番記者などを務めた。2026年1月に独立。現在は、フリーの政治記者・解説者として活動している。
※週刊ポスト2026年6月19日号
タンクローリーが海に突っ込む 運転していた男性が負傷 漁港で道路脇の街灯に衝突し、壁にぶつかったはずみか 和歌山・雑賀崎漁港
6日午前、和歌山市の漁港で大型タンクローリーが海に突っ込み、運転していた50代の男性が軽いけがをしました。 午前10時半ごろ、和歌山市にある雑賀崎漁港で「タンクローリーが海に落ちている」と通行人から110番通報がありました。 現場は片道1車線の道路で、警察によりますと、タンクローリーは進行方向の道路脇にある街灯に衝突したあと、反対車線側の壁にぶつかり、そのはずみで海に突っ込んだとみられています。 タンクローリーを運転していた50代の男性は車ごと海に転落しましたが、周辺にいた人たちによって車外に救助されました。腕を切るなどして、病院に搬送されましたが軽傷です。 漁港に停泊していた船などへの被害はないということです。 事故当時、車のタンクの中は空だったということで、警察は防犯カメラを解析するなどして、タンクローリーが街灯にぶつかった理由など事故について詳しく調べています。
首相「高い評価、大変喜ばしい」 世界遺産正式決定へ政府全力
高市早苗首相は6日、「飛鳥・藤原の宮都」の世界文化遺産への登録勧告を受け、自身のX(旧ツイッター)に「わが国の貴重な文化遺産が国際的に高い評価をいただいたことを大変喜ばしく思う」と投稿した。7月に韓国で開かれる世界遺産委員会に触れ「政府としても正式決定に向け全力を尽くす」と強調した。
遺跡がある奈良県の関係者に対しては「長年にわたり積み重ねてきた保存に向けた努力に深く敬意を表する」とつづった。首相は衆院奈良2区選出。
石破前総理「真実を究明することは大事」 高市陣営による誹謗中傷の動画作成疑惑めぐり
去年の自民党総裁選などで高市総理の陣営が、他の候補を誹謗中傷する動画を作成したとされる問題をめぐり、自民党の石破前総理は「真実を究明することは大事だ」と話しました。
自民党 石破茂前総理 「真実を究明することは大事なことですよね。SNS使ったり、色んな発信で世の中おかしくなっているわけですよ。それをうちの総裁選でやっていいのか、うちの党(自民党)の名誉にかけて党の中できちっとやるのが大事じゃないかなと思いますけどね」
TBSラジオに出演した石破氏は、高市総理の陣営が総裁選などで他の候補を誹謗中傷する動画を作成したとされる問題について「真実であるとすれば、『そんなことはありません』というのは許されない」と強調しました。
この問題を巡っては「週刊文春」が高市総理の秘書と動画作成者のWeb会議でのやり取りとされる音声を公開していますが、高市総理側は関与を否定しています。
こうした状況を踏まえ、石破氏は総裁選を巡るSNSの誹謗中傷について党内で調査を行うべきとの考えを示しました。
暫定リスト入りから20年、明日香村長「頂の先がようやく見えた」…「飛鳥・藤原」が世界遺産登録勧告
日本の古代国家誕生の歩みを示す遺跡群「飛鳥・藤原の宮都」(奈良県橿原市、桜井市、明日香村)が、世界文化遺産への「登録」の勧告を受けた6日、地元の首長らは「登録へ大きく前進した」と喜びをかみしめた。遺跡群を案内するガイドや住民からも祝福の声が上がった。(奈良支局 吉田清均、小松夕夏)
世界遺産「登録」が勧告されたことを受けて、奈良県の山下真知事と構成資産がある地元3市村長は6日午前7時から、県庁で記者会見を開いた。
明日香村の森川裕一村長は「世界遺産登録という頂の先がようやく見えた」と笑顔をみせた。2007年に国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の世界遺産候補の暫定リストに入ってから20年近くかかったことに、「飛鳥の価値を大事にしようとする気持ちを醸成するのに必要な時間だったのではないか。登録で、地域が良くなっていくように努力したい」と感慨深げだった。
世界遺産「飛鳥・藤原」登録推進協議会会長の山下知事は「7月の世界遺産委員会まで気を緩めることなく、一丸となって取り組みを進める」と話した。
構成資産の一つで、蘇我馬子の墓とされる石室を見られる石舞台古墳などがある明日香村には、午前中から多くの人が訪れていた。
橿原市の小学校教員(34)は、ニュースを見て訪れたといい、「学校の遠足などで10回以上訪れていて、愛着のある場所。登録されるのを機に、古代の文化や風景が残る地域の魅力を世界中の人に知ってもらいたい」と喜んだ。
橿原市の岩井雅子さん(53)は、飛鳥時代の歴史的文化財の魅力を伝える「飛鳥地域プロガイド」として、英語での案内を行ってきた。「貴重な歴史遺産が生活の中でどのように守り伝えられてきたのかという話も交えてガイドに取り組みたい」と気を引き締めた。
石舞台古墳近くのレンタルサイクル店で働く橿原市の男性(39)は、「これからは、閑散期の夏場も忙しくなりそうですね。周辺には見所が多く、とても1日では回りきれないので何度も訪れて堪能してほしい」と話した。
「天上の虹」で藤原京を造営した持統天皇の生涯を描いたマンガ家の里中満智子さん(78)は、「藤原京は、先人たちが国の存続をかけて取り組んだ大事業。後の平城京建設の際に、柱や瓦など使える建材は再利用された。モノを大切にという日本人の精神をこの機会にもう一度見つめ直せればと願っています」とコメントした。
「ようやく大きな山場を越えた。登録の実現まで、まだまだ油断はできないが」
奈良県明日香村教育委員会参事兼文化財課長の小池香津江さん(56)もユネスコの諮問機関「国際記念物遺跡会議」(イコモス)の勧告に安堵(あんど)の表情を浮かべた。
小池さんは長野県出身。子供の頃から歴史好きで、奈良大を卒業後、1992年に奈良県立橿原考古学研究所に入所。邪馬台国の有力候補地、纒向(まきむく)遺跡(奈良県桜井市)の発掘調査などに関わった。
研究一筋のキャリアを思い描いていたが、2009年、県教委への異動を命じられた。さらに20年には村教委文化財課長に。世界遺産登録に向けたてこ入れのためだった。
自身は飛鳥時代より古い弥生・古墳時代が専門だったこともあり、「青天の霹靂(へきれき)」。事務作業の多さに戸惑いつつも勉強を重ね、先輩たちに話を聞くなどして世界遺産の推薦書の素案を練った。文化庁から注文がつくたび、書き直しを重ねた。
世界遺産は、遠い世界の出来事だと思っていた。研究から遠ざかり、時には焦りや寂しさを感じることもあった。しかし「村に来たことで、遺跡を保存し、未来につなげる動きを強く実感できた。違う扉が開いた感じ」という。
気づけば異動から7年目になる。「登録されてもそれがゴールではない。満足することなく、より多くの人に飛鳥・藤原の魅力を知ってもらいたい」と決意を新たにしている。