「公表しないという話だったじゃないですか!」行政の“コロナ隠ぺい工作疑惑”に立ち向かった保育園の戦いと子供たちの命を救った園長の決断 から続く
2020年から猛威を振るい始めた新型コロナウイルスによって、人々の生活は大きく変わってしまった。なかには日常生活を奪い取られ、窮地に追い詰められた人々もいる。しかし彼らは、現実に絶望し、悲嘆に暮れながらも、自らの力で困難な状況を打開しようと立ち上がるのだった――。
ここでは、作家の石井光太氏がコロナ禍で窮状に陥った人々を多面的にルポした『 ルポ 自助2020- ――頼りにならないこの国で 』(筑摩書房)から一部を抜粋。虐待下の子供たちを救う児童相談所の取り組みを紹介する。(全2回の2回目/ 前編 を読む)
◆◆◆
虐待下の子供たちを救え~江戸川区児童相談所他
日本がまさにコロナ禍へ突入しようとしていた2020年4月1日、東京で開所した児童相談所がある。江戸川区児童相談所「はあとポート」だ。
これまで、東京都では都が各所の児童相談所をまとめて所管していたが、家庭への対応をより迅速かつ効果的にするため、区の指示系統に置かれることが決まった。そこで都内23区のうち練馬区を除く22区に児童相談所が設置されることになり、江戸川区は世田谷区とともに他に先駆けて開所したのだ。
江戸川区児童相談所では、児童福祉司や児童心理司など総勢150人ほどの人員で対応に当っている。他区の児童相談所から配属されてきたメンバーも少なくなく、スムーズな引継ぎが求められていた。コロナ禍に襲われたのは、まさにその切り替えの時期だった。
同所の援助課長である上坂かおりは、緊急事態宣言下の状況を次のように述べる。
「コロナの影響でいえば、家で常に親子が顔を突き合わせている状況がつづくことで虐待やDVが起こりやすい状況になりました。うちの児童相談所には、オープンした4月の1カ月でおおよそ150件の相談が寄せられました。そのうち、40件が警察からの通報です。案件としては、一般的な虐待の他、面前DV(親が子供の前で配偶者に暴力をふるう)、親子ゲンカなどが多い印象ですね。コロナで両親が在宅勤務になって家でストレスを溜めてケンカをはじめたり、休校になって家にいる子供に暴力を振るったりしたと考えられます」
劣悪な家庭環境では、日常の中で生じる家族間の距離が安全を保つものとなる。親が仕事へ行っていたり、子供が学校やアルバイトへ行っていたりすれば、衝突する頻度が減るためだ。だが、緊急事態宣言が発令されたことで、家族が普段以上に顔を合わせる時間が長くなり、虐待の増加へつながった。
とはいえ、どの家でもこうしたことが起こるわけではなく、背景には親が抱えていた問題がコロナ禍で大きくなったことがある。すでに精神疾患を抱えていた親が外出できずに病気を悪化させる、もともと低収入だった家庭がコロナ禍でより困窮する、不仲の夫婦が1日中同じ家にいなければならなくなる……。家族が密になったからいきなり虐待が起きたというより、コロナ禍の前からあった親の問題がより深刻になったと考える方が適切だろう。
同時に目を向けなければならないのは、コロナ禍では親だけでなく、子供が抱えていた問題も悪化する傾向にあったという点だ。各所の児童相談所に報告されたのが、発達障害や精神疾患を抱える子供たちの案件だ。
たとえば、多動の傾向が目立つADHDの子供がいたとしよう。親にしてみれば、その子が保育園や学校に行っている間は、一息ついたり、家の用事を済ませたりする大切な時間だ。ところが、休校によって親が24時間その子と一緒にいなければならないとしたら、どういうことになるだろうか。子供は行動範囲や人間関係が狭まったことによって家庭内で今まで以上に多動的な言動を示すだろうし、親は1日中それに振り回されることになる。
長らく学校が終わった後に発達障害の子供たちを預かる、放課後等デイサービスで働いていた大池良子は述べる。
「世間では、障害児を持つ親についてきれいごとばかりが語られます。でも、親が子供の扱いに困り果てて壊れるというケースは、実際に語られている以上に多いのです。親が子供に振り回されて心を病んでしまう、夫婦の育児に対する考え方が対立して離婚につながる、共働きができなくなって生活が困窮する。きょうだいも同じで、障害のある弟や妹がいるということで、同級生からからかわれて、不登校になるというケースはよくある話です。
学校や放課後等デイサービスは、そういう家族に対する支援の場としてとても重要なところです。親にしてみれば、子供が学校や放課後等デイサービスへ行っている間に休むことができるし、困ったことがあれば相談もできる。別のきょうだいに愛情を注ぐこともできます。家族がバランスをとるために不可欠な場所なのです。
これは、障害のある子供にとっても同じです。特別支援学級や放課後等デイサービスには、障害を理解している専門の職員がいます。職員が子供たちの特性を把握し、どうやったら快適に過ごせるかを考え、壁にぶつかっていれば乗り越える手伝いをしてくれる。こうした時間が、子供自身の心の安定を生んでいるのです。
コロナ禍が奪ったのは、こうした支援環境でした。子供は学校や放課後等デイサービスから引き離されることで生活にストレスを感じ、家族に対して暴力を振るうとか、自室に引きこもってゲームや買い物依存になるといったことに陥った。家族にとってはそれが大きな負担になる。まったくの悪循環だと思います」
障害児と依存症の関係がわかりにくいかもしれないが、児童思春期精神科外来の調査では、自閉症スペクトラムと診断された10・8%、ADHDと診断された12・5%がネット依存であり、両方の合併者になると20%に上るという統計がある。これは、発達障害の特性が依存症に陥りやすいことを示しているが、それがコロナ禍でより顕著になったということだ。
では、こうした特性のある子供たちが、どのように児童相談所の虐待事案につながっていくのか。1つの事例を紹介したい。30代のシングルマザーの家庭で起きた虐待事件である。
微妙なバランスが崩れる瞬間
山内静美(仮名)は、ギャンブル依存症の両親のもとで生まれ育った。不動産屋を経営する父親は、競馬場、競艇場、パチンコ店、さらには愛人の家に入り浸って帰ってこず、母親もパチンコ店に通いつめて寂しさを紛らせていた。
こうした家庭環境もあって、静美は中学時代から道を踏み外し、高校も数カ月で中退。地元で水商売をしていた18歳の時に、9歳年上の解体業の男性と結婚した。
静美は、夫との間に2人の娘と1人の息子を出産した。だが、夫の家庭内暴力がひどく、20代の終わりに離婚。母子生活支援施設を経て、生活保護を受給して公営団地で新生活をスタートさせた。
晴れて母子だけの生活がスタートしたが、静美は子育てがうまくできなかった。次女と長男が発達障害で、彼女だけでは手に余ったのだ。静美は現実から目をそらすかのように毎日浴びるように酒を飲み、生活が困窮してからはキャバクラでアルバイトをするようになった。午後6時に家を出て、アフターを終えて帰宅するのは明け方。その間の発達障害の2人の子供の世話は、小学生の長女の役目だった。
新型コロナが広まったのは、そんな最中のことだった。キャバクラが休業に追い込まれたことで、静美は仕事を失ったばかりか、子供たちの学校も休校になった。これによって、静美は24時間にわたって3人の子供と過ごす生活を余儀なくされた。
静美にしてみれば、これまで避けてきたことを突然押し付けられたような気持ちだった。子供たちは母親が家にいるのが嬉しくて甘えようとするが、静美にとっては煩わしいだけだ。それで「どっか行きなさい!」と怒れば、次女と長男は特性的なこともあって手が付けられないほど激しく暴れる。それが余計に静美の心をかき乱してアルコールに走らせた。
団地の他の住民から児童相談所に通報が入ったのは、4月の終わりのことだった。毎日静美の怒鳴り声や子供たちの泣き声が響き、たまに顔を合わせると子供たちの顔などにアザがくっきりとついている。それで虐待が起きていると判断され、通報されたのだ。
児童相談所は、3人の子供を一時保護所で預かることにした。
子どもを見守る機能が失われる
こうしてみると、それまで微妙なバランスでなんとか成り立っていた家庭が、コロナ禍による生活スタイルの変化で壊れていく過程がわかるのではないだろうか。
一方で、児童相談所は、コロナ禍における虐待の発見や家庭への介入の難しさに直面していた。原因は、問題のある家庭の子供の見守りをしていた教育機関などが休止に追い込まれたことだ。
先述の江戸川区児童相談所の上坂は話す。
「児童相談所は、各種の通報や相談を受けて虐待が起こりそうな家庭を把握しています。通常は家庭訪問などを通して見守りを行うのですが、人手が足りずに十分にできなかったり、親がかかわりを避けたりすることがあります。
そのため、児童相談所だけで見守りをするというより、地域の保育園、幼稚園、小学校などと連携して虐待の予防や発見に努めています。学校に子供が登校していれば、日々の様子を教員やスクールカウンセラーがチェックすることができますので、もしそこで虐待の傷が確認されたり、言動に不審な点が見つかったりしたら、報告を受けて私たちが出向くのです。
しかし、コロナ禍では学校が休校になってしまい、教員と生徒が接する機会だけでなく、生徒同士が接する機会まで失われてしまいました。そのせいで、児童相談所と教育機関との連携が思うように機能しなくなってしまったのです」
学校外で行ってきた見守りについても同じことがいえる。たとえば、江戸川区には「共育プラザ」という区が運営する公共施設が7カ所あり、ビリヤードのようなゲームから、スポーツジム、球技場、それにバンド活動を行える音楽スタジオまでを完備し、普段は主に中高生が利用している。
大部分の子供にとってそこは使い勝手のいい遊び場だろうが、家庭環境が悪い子供や不登校の子供にとっては数少ない居場所だ。施設の職員はそれを理解していて、問題を抱えている子供たちには積極的に話しかけ、何かあれば相談や支援へとつなげる。ここもまた、子供たちのセーフティーネットとしての役割を持っているのだ。だが、これらの施設も、学校と同じようにコロナ禍によって休止に追い込まれ、子供たちの見守り機能を失った。
さらに、NPO団体などが運営する子供食堂や無料学習塾などにおいても、似たようなことが当てはまる。こうした施設は食事を出したり、勉強を教えたりする事業と並行して、それを入り口にして子供や親の相談に乗り、何かあれば支援を行っている。ここが運営休止になれば、子供たちに何か問題が起きた時の発見や介入が大幅に遅れるのだ。
江戸川区児童相談所で児童福祉司として子供たちと接している白田有香里は言う。
「子供たちの中には学校では何も言わないのに、共育プラザみたいなところに来て初めて性的虐待を受けていたことを告白したりする子もいるんです。どういう場所が心の支えになっているのか、どこで心を開くのかというのは、子供によってぜんぜんちがう。だからいろんな公共施設も民間の施設も、いろんなところが門を開いていなければならないのですが、実際は多くが休業に追い込まれてしまった。一部の子供たちにとって、それがどれほどのストレスだったのかはかり知れません」
子供の中には、虐待をする親を前にしただけで緊張と恐怖で全身が凍りついて動かなくなってしまう子もいるという。そんな子供たちが学校や上記のような施設といった拠り所を失えば、心の負担はいかばかりか。
コロナ禍における家出や妊娠相談の急増
コロナ禍における中高生世代の子供たちの身に起きた問題の1つが、家出や妊娠相談の急増だった。劣悪な家庭環境に閉じ込められた彼らの一部が、そこから逃げ出すように家出をしたのだ。だが、彼らには自立するだけの経済力がないし、かといって住所不定のままで安定したアルバイトが見つかるわけもない。そんな状態で繁華街をさまよっている最中に、売春や性犯罪に巻き込まれる子もいた。
これを象徴するように新宿区では、1回目の緊急事態宣言が発令されて以降、ハイリスク妊婦からの相談件数が急増した。中でも特定妊婦(出産前から支援を必要とする女性)に関する相談のうちの約55%が、友人宅、ホテル、漫画喫茶などを転々とする住所不定の女性だったことが明らかになっている。
このような中で、児童相談所はどのように動いているのか。上坂は言う。
「児相は“最後の砦”なので休むことはありませんが、コロナ禍でいろいろと制限がかかっているのも事実です。在宅勤務や勤務時間の短縮によって親と直接会う機会が減ったり、親に『コロナが怖いから来ないでくれ』と断られたりといったことがありました。
それでも、私たちとしてはできることをしていかなければなりません。要対協(要保護児童対策地域協議会)が持っている名簿をもとに電話をかけて近状を聞いたり、児相のLINE・IDのビデオ通話で各家庭とつながって様子を見せてもらったりしています。ビデオ通話をつかえば、画面越しに室内を見られるので、電話やメールよりは家庭内の状況を把握することが可能になります」
若い世代の親たちからすると、LINEでのやりとりの方が逆に敷居が下がるので受け入れてくれる人も多いそうだ。
ちなみに、LINEのビデオ通話など新しい取り組みは、児童相談所が東京都の所管だった時より、区に変わった後の方が手続きが簡略化されてやりやすくなったという。学校への連絡なども同様だそうだ。
白田は言う。
「区と児童相談所の本格的な連携はまだまだこれからですが、今でも可能性はたくさん見えています。たとえば、江戸川区には『KODOMOごはん便』や『おうち食堂』といった事業があります。コロナ禍の前からあったもので、緊急事態宣言後も継続することにしました。いずれも、区の食事支援事業で、単に子供たちに食事を提供するだけでなく、そこを入り口に見守りや相談へとつなげていく機能を持ち合わせています。そこで何かあった時に児相が入っていけるようになっているのです」
KODOMOごはん便やおうち食堂の例
KODOMOごはん便は、470円の弁当を自己負担100円で自宅に届けるサービスだ。原則としては住民税非課税の世帯が対象だが、新型コロナウイルスの影響で支援が必要になった家庭も一定期間利用できるようにした。
おうち食堂は、ボランティアが子供の食事に困っている家庭に出向いて、食材の購入から料理、そして片付けまでを一貫して担う事業である。1年に48回まで利用でき、ボランティアは家に2時間滞在してくれる。
いずれも、事業を担っているのは区と契約をした人々であり、上記のような食事支援だけでなく、訪問した家庭に問題があれば区に報告が上がり、解決に向けて動けるシステムになっている。区は学校だけに任せるのではなく、こうした事業を通して子供を支えていこうとしているのだ。
児童相談所の仕事は、待ったなしであり、その時々でできることをやっていくしかない。社会がどれだけ変わっても、子供の命を守るという目的は同じであり、それに全力を注がなければならないのだ。
【 前編を読む 】
(石井 光太)