奈良・橿原の本薬師寺で大規模な南門跡 飛鳥時代寺院で最大級

奈良県橿原市の藤原京にあった飛鳥時代建立の古代寺院・本薬師寺(もとやくしじ、同市城殿町)の発掘調査で、同市教委は25日、推定幅約15メートルの大規模な南門跡を確認したと発表した。確認されている同時代の寺院の南門としては最大級。後の奈良時代の寺院は南門が正門として巨大化しており、その傾向を先取りしているとみられる。
市教委は今年2~3月に118平方メートルを調査し、礎石穴(1辺1~1.5メートル)3個を確認した。東西は柱4本で長さ約15メートルあったとみられることが分かった。東西の柱と柱の間隔は約5メートルで、藤原宮大極殿院南門など都の主要な門と同じ規格だった。調査を担当した市教委の石坂泰士主査は「本薬師寺の建設が国家主導で進められたことを裏付けている」とみる。
本薬師寺は藤原京の四大寺の一つで、天武天皇が680年に建立を発願し、持統天皇に引き継がれた。これまで金堂、東塔、西塔、回廊、中門の遺構が見つかり、北側に講堂の存在が推定されている。南門は、北約20メートルの中門(東西13.86メートル、南北6.5メートル)より大きいことも分かった。
現在の薬師寺(奈良市)は平城遷都の際に新設されたという説と、本薬師寺の伽藍(がらん)が移設されたという説がある。今回見つかった南門は、薬師寺の南大門(東西約25.8メートル、南北約9.6メートル)と規模が異なり、「新設」を補強する内容といえる。
小澤毅・三重大教授(考古学)は「飛鳥時代の寺院は中門が重視されていたが、本薬師寺の南門は正面の門として巨大化していく過渡期に当たると考えられる」と話している。
現場は埋め戻されており、出土した瓦の一部は、29日~12月15日、「歴史に憩う橿原市博物館」(同市川西町)で開催される特別展で展示する。問い合わせは同館(0744・27・9681)。【藤原弘】