「心温かい人」「感謝しかない」 藤子不二雄Aさんを悼む声次々

「ゴルフとお酒が好きだった」「気さくで謙虚」。藤子不二雄Aさんの自宅がある川崎市など、ゆかりの地では、その死を惜しむ声が聞かれた。
25日にゴルフ約束していたのに…
藤子Aさんとゴルフ仲間だという田中菊雄さん(87)=川崎市=は報道で訃報を知り、藤子Aさんの自宅に駆けつけた。「まだまだ楽しく交流したかった」と別れを惜しんだ。
田中さんは約20年前、たまたまゴルフ場で藤子Aさんと出会い、意気投合。多い時には月2~3回ゴルフを一緒に楽しみ、市内の飲食店でお酒を飲むこともあったという。
「初めて自己紹介された時は『あのプロゴルファー猿を描いた先生ですか』とびっくりしたが、気さくで偉ぶることもない人だった。年下の私にも『田中さんは私と違って本当にゴルフが上手でうらやましいな』と冗談交じりに謙遜も口にしていた」と振り返る。
最近も体調が悪いという話は聞いておらず、4月25日にもゴルフの約束をしていた。「訃報を知って驚きしかなかった」と肩を落とした。
ドラえもんの絵にサイン
藤子Aさんの自宅の近所に住む50代の会社員男性は、小学生の時に同級生らと藤子Aさんの家で頼んだサインを大切に保管している。「今考えれば大変失礼だけれども、当時流行していたドラえもん(藤子・F・不二雄作)の絵をねだってしまって」と苦笑する。
それでも後日にサイン付きで届き「多忙の中でも対応してくれた。子供をワクワクさせる漫画を多く描いた人らしい人柄だった」と感じる。藤子Aさんの作品はほとんど読んだといい「先生には感謝しかない」と目をつぶりながら語った。
藤子Aさんが駆け出しの頃に暮らした東京都豊島区のアパート「トキワ荘」は1982年に解体されたが、跡地近くの公園に2020年、建物を復元した区立トキワ荘マンガミュージアムが開館した。訃報を聞き、同区の熊谷崇之・トキワ荘マンガミュージアム担当課長は「突然のことで驚いている」と話した。「初めてミュージアムを訪れた時も、『よくできていますね』と褒めていただいた。心温かい人だった」と語った。
トキワ荘の近くにあり、藤子Aさんらが通った創業約70年のラーメン店「松葉」を営む山本麗華さん(58)は「残念です」と肩を落とした。藤子Aさんはトキワ荘を出た後も時々店に顔を出した。いつも同じテーブル席に座り、ビールとギョーザを頼み、最後にラーメンを食べていたという。「優しくて腰が低い方だった」と振り返った。【園部仁史、小林遥】
※藤子不二雄Aさんの「A」は○の中にA