世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産、
外海
(そとめ)の大野集落(長崎市)で、教会堂の敷地内の土が掘り返されたり、石積みが崩されたりする被害が出ている。長崎市世界遺産室はイノシシの仕業とみて、鳥獣対策の部署と連携して対策に乗り出す方針で、3日に現地で対策を協議する方向で調整に入った。ただ、防護用の柵の設置といった対応と景観保全との両立も必要で、その難しさに関係者は頭を悩ませている。(丸山一樹)
東シナ海に面した
西彼杵
(にしそのぎ)半島・外海地域の傾斜地に広がる大野集落。この地の象徴でもある大野教会堂の敷地には、掘り返された跡があちこちにあり、一部で土が積み上がっているのが確認された。市は、周辺住民の目撃情報や現場の状況などから、イノシシによって荒らされたとみている。
江戸時代からの景観を継承する「草木田の水場(カワ)」(国の重要文化的景観)の近くでは一部の石積みが崩れたり、ずれたりしているのが確認され、市職員と住民が4月に修復した。
「過疎化が進んで休耕地が増え、山と集落との境界が薄らいでいる。イノシシの被害はさらに広がるかもしれない」。元自治会長の高橋生一さん(83)はそう懸念する。
京都市から夫婦で観光に来た男性(74)は「大事な遺産を守ってほしいが、難しい問題。自然と共存できる対策があれば一番いいと感じる」と語った。
大野集落は12の構成資産の一つとして、2018年6月、世界文化遺産への登録が決まった。21年末現在の人口は142人で、3年間で11%減った。草刈りなどの手入れが行われない場所も増える中、イノシシの目撃情報が近年、相次いでいるという。
長崎市世界遺産室は「被害を深刻に受け止めている。世界遺産の構成資産を守っていくための取り組みが必要になる」と判断。3日午後から、市農林振興課の職員や地元の自治会長らとともに、大野教会堂や周辺のイノシシ被害の実態を確認しながら、被害を防ぐための具体策を話し合う方向で調整している。
世界文化遺産は世界遺産条約に基づいて登録される。登録後、締約国には遺産を保護する義務が生じ、その国の法律などで将来にわたって守ることが必要になる。このため、市は構成資産の保護を重視する。
ただ、対策を講じるのは簡単ではない。市によると、侵入を防ぐ柵を設けるにしても、集落の特長である景観への配慮は不可欠だ。さらに、「土地・建物の所有者の理解を得たり、柵の管理方法を決めたりする必要もあり、課題は多い」という。
潜伏キリシタンの調査をしている「外海潜伏キリシタン文化資料館」の松川隆治館長は「大野集落には潜伏キリシタンがひそかに信仰を続けた歴史に加え、潜伏期からの景観が残る。住民と行政でよく話し合いながら対策を講じてもらいたい」と話している。
◆外海の大野集落=長崎市上大野町や下大野町にある集落。禁教期の潜伏キリシタンは、表向きは仏教寺院に所属しつつ、集落内の神社の氏子としても振る舞い、神社に自分たちの信仰対象をひそかにまつって拝むなどした。解禁後の1893年に建造された大野教会堂、江戸時代の景観を保つ石積みもある。