九州北部豪雨5年、消える集落 「寂しいなんてもんじゃなかよ」

2017年7月の九州北部豪雨で甚大な被害を受け、一部の集落が人の住めない「長期避難世帯」になった福岡県朝倉市の杷木松末(はきますえ)地区で、農業体験イベントを開いて交流人口を増やす取り組みが始まっている。ピーク時、6区の91世帯が対象だった長期避難世帯は21年12月までに全て解除されたが、集落に戻れたのは2区の6世帯。復興を待てず消滅しようとしている集落で、住民らは灯を消すまいとあらがう。
山々に囲まれた水田で苗を植える、慣れない手つきの子供たち。膝下まで水につかった子が泥んこになった姿で見上げると、住民らは顔をほころばせた。
6月19日、朝倉市の杷木松末地区であった農業体験イベント。21年に続く開催で、福岡市などから24人が参加した。「地元の人との会話も楽しい。また来たい」。同県久留米市から親子3人で訪れた平嶋由加利さん(43)は声を弾ませた。
91世帯が長期避難世帯に
福岡、大分両県で40人が死亡、2人が行方不明になった17年7月5日の九州北部豪雨では、杷木松末地区と隣の黒川地区に河川氾濫や土砂崩れの被害が広がった。杷木松末地区の4区(乙石(おといし)、中村、石詰、小河内(こごうち))と黒川地区の2区(疣目(いぼめ)、黒松)はその後も2次災害の危険があるとして、18年10月、全91世帯が被災者生活再建支援法に基づく長期避難世帯に認定された。
計6区のうち4区の64世帯は20年4月、残る2区27世帯も21年12月にそれぞれ認定が解除されたが、元の集落に戻ったのは杷木松末地区の石詰区5世帯と小河内区1世帯のみ。その他は現在、住む人がいない。加えて、地域の大部分が砂防ダムの建設予定地になった小河内区は今年3月、集落の維持が難しくなったとして解散し、隣の集落に入ることになった。
住民離散。地域文化の継続困難に
「寂しいなんてもんじゃなかよ」。小河内区で代々暮らしてきた小川信博さん(69)は無念そうな表情を浮かべる。被災するまで17世帯が暮らしていた小河内区では、春になるとみんなで花見をして、秋祭りも一緒に営んだ。集まると誰ともなく「小河内音頭」を歌い、住民同士、下の名前で呼び合う親しさだった。
しかし、小川さんも災害への不安などから元の自宅には戻らず、約5キロ離れた集落外に中古の家を購入。現在は畑仕事のため、軽トラックで住み慣れた集落に通ってくる。小河内区の最後の区長となった中村亨さん(59)も集落外に自宅を再建し「今のうちに墓地など共有財産をどうするか話し合わなければ、子世代に迷惑をかける。自分たちの手で区切りをつけるしかなかった」と語った。
石詰区では、豪雨で氾濫した川の改修工事が続く。流域の農地や宅地の復旧は2年後の予定だ。戻った住民らは今年1月、竹で組んだ大やぐらを燃やして悪霊を追い払う新年の「鬼火焚(た)き」を催したが、住民の小嶋喜治さん(66)は「工事業者の力を借りなければ竹の切り出しもできなかった」と嘆く。避難先などで新たな生活を始めている住民らが戻ってくる可能性は低く「みんな『帰ろう』と思っていても、時がたつにつれ諦めが強くなる」。
杷木松末地区は豪雨後の5年で人口がほぼ半減し、全体で現在385人。高齢化率は44・9%で「限界集落」の目安とされる5割に迫る。朝倉市によると5月末現在、市全体では被災した1069世帯のうち1030世帯(96・3%)が恒久的住まいを確保したが、とりわけ被害が大きかった杷木松末地区での再建率は32・0%にとどまっている。
農業体験イベントには、集落外への転居を余儀なくされた地区住民も携わった。主催した「松末地域コミュニティ協議会」の高倉保之会長(70)は「移住を希望する人が現れたらうれしいが、そう甘くない。何かあったら加勢に行こうというファンが増えるだけでも、集落の維持や活性化につながるかもしれない」と期待する。
「コミュニティー維持で行政支援必要」
熊本地震などで被災地の地域コミュニティーづくりに関わった熊本学園大の高林秀明教授(地域福祉論)
長期避難世帯に認定されて住民がばらばらになってもコミュニティーを維持できるよう、認定期間中から定期的に交流会を開催するなど行政の支援が必要だ。認定解除された地域への支援もてこ入れしなければならない。災害が起きるまではそれなりの世帯数があって住民同士、助け合えた地域でも、人がいなければどうしようもない。きめ細かい支援は社会福祉協議会や行政がすべきだし、ボランティアをコーディネートすることも重要だ。住民が何に困っているのか行政がニーズを探り、移動や買い物、通院などの生活支援に積極的に入りこむべきだ。【城島勇人】
九州北部豪雨
2017年7月5日以降、福岡、大分両県で40人が死亡し、2人が行方不明になった。福岡県朝倉市と東峰(とうほう)村、大分県日田市を中心に1400棟余りの家屋が全半壊し、最大時は約1300人が避難生活を強いられた。特に33人が死亡し、2人が行方不明になった朝倉市の被害は甚大で、その中でも杷木松末地区は19人が死亡、1人が行方不明になるなど被害が集中した。
長期避難世帯
被災者生活再建支援法に基づく制度で、市町村の申請を受けた都道府県が認定する。認定された地域の世帯には、災害で自宅が全壊した世帯同様に最大300万円の被災者生活再建支援金が支給される他、義援金も全壊世帯並みに配分される。しかし、元々住んでいたところには防災工事などが完了して認定が解除されるまで戻ることができない。認定期間は長期にわたるため、避難先で新たな生活を始めるなどした住民が戻らず、地域のつながりが失われるケースが熊本地震(2016年)などでもあった。