東京から2時間弱…総武本線“千葉の端っこの駅”「銚子」には何がある? から続く
JR西日本といえば、その名の通り西日本を営業エリアとしている鉄道会社である。京都、大阪、神戸、岡山、広島。ほかには北陸や山陰もJR西日本のエリアだ。なので、関東地方に住んでいる人にとっては旅行や出張などで西日本に出かける機会でもなければ、たいしてなじみのない鉄道会社といっていい。
ところが今年2月、関東人にすれば少々縁遠いJR西日本に関するとあるニュースが流れた。銚子電鉄がJR西日本グループのJR西日本テクシアが開発した駅向け簡易情報提供端末「Scomm.」を導入する、というニュースだ。
この「Scomm.」という情報提供端末は、つまるところ列車が遅れているだとか運休しているだとか、あとは乗り継ぎのJR線がストップしているとか、そういう情報を無人駅のモニターに表示するシステム。JRの駅に置かれている大きな情報提供モニターの簡易版(そのままですけどね)と思ってもらえればいい。
無人駅では運行に関する情報などを案内するのが難しく、それをなんとかしてくれるのがこのシステムというわけだ。
なぜ千葉の端っこの駅でJR西日本の話が出てくるのか
でも、銚子電鉄といったらぬれ煎餅やらまずい棒やらでおなじみの超個性派ローカル私鉄。千葉県の東の端っこ、銚子市を走っていて、JR西日本とは何のゆかりもないはずだ。
それがどうして、JR西日本のシステムを導入するのか。いや、もしかするとJR西日本さんと銚子電鉄さん、同じ鉄道会社として距離は離れていても心は近い、なんて関係があったのか……。
「いえいえ、まったくそれまでお付き合いはありませんでした。会社としてもやりとりしたことはなかったですし、私個人も行ったことがない。ホームページに載っている電話番号に電話して、お話しさせていただいたのがはじまりです」
こう話してくれたのは、JR西日本オープンイノベーション室担当課長兼技術収益化・知財戦略課長の井上正文さん。長たらしい肩書きだが、わかりやすくいえばJR西日本が開発した新しいテクノロジーを売り込むお仕事。そのひとつとして、銚子電鉄に“営業”したというわけだ。
「今回提供した情報提供端末は、いわゆる市中の公衆回線を使って情報提供を行っているものでして、銚子電鉄さんの本社から遠隔で情報を更新できるようになっています。さらに、3.11の経験も踏まえまして、緊急時には市役所から防災情報を流すことも可能です。操作方法もシンプルで、iPhoneを使いこなすよりも簡単だと思いますよ」
こう井上さんが話す銚子電鉄に提供した情報提供端末。もちろん銚子電鉄だけでなく、JR西日本のエリア内でもローカル線の無人駅などで活用しているものだ。
「都市部の駅などで使っているような電光掲示板は公衆回線ではなく指令のシステムともつながっていて、設置するのにも補強工事が必要。それこそ億単位のコストがかかるんです。
でも、ローカル線の無人駅にはそこまでかけられないし、必要もない。お客さまが駅を利用するに当たって必要最低限の情報、遅延とか振替輸送とか、そういうものを提供するのには公衆回線を使った簡易的なものでも遜色はないですから」(井上さん)
そのため、銚子電鉄への導入にあたってもかかっているコストは設置するモニターと公衆回線に通信料程度。しばしば経営危機が伝えられる銚子電鉄のようなローカル線であっても気軽に導入でき、それでいて利用者の利便性向上につなげることができるというわけだ。
あのJRが直接営業の電話を…?
しかし、どうしてこういった営業活動を行っているのだろうか。
「コロナ禍ということで、これまでのような鉄道一本足打法だけでは辛いよね、ということがひとつあります。鉄道技術はいろいろなメーカーさんの技術を集めて使っているのですが、我々の持っている技術も外で活用できるのではないか、というのが出発点。
そこでまずは親和性の高い鉄道事業者にコンタクトをとりまして、どんなことで困っているのか、解決したい問題はどういうことか、どういった対策をしているのか、などの話を聞いて回っているんです」(井上さん)
いわゆる“同族”であるJR各社をはじめ、関西圏の大手私鉄、さらには中小私鉄へと幅を広げ、井上さんはいまや全国の鉄道会社行脚を続けている。そのひとつが、銚子電鉄だった。
「我々はメーカーではないので、『この製品、サービスを使ってください』というのではないんです。自分たちも工夫をしながらいろいろな技術を使っている。だから、まずは悩みごとを聞くことからはじめています。やはり共通している悩みごとは、人がいなくなっているということですね……」(井上さん)
人海戦術で保守を続ける日々…「それって永遠に続きますか?」
JR西日本はグループ会社を含めると従業員が4万8000人の大企業。銚子電鉄のようなローカル線と比べると人手不足で悩むこともなさそうだ。しかし、現実は違っている。
「全体で見ればたくさん人はいるんですが、ご利用の少ないローカル線だけを切り出せば、数名だけで保守しているというところもあるんです。それは、中小事業者とは基本的には変わりません。
たとえば、線路を補修する専用の車両を導入すると億単位で、ご利用の少ないローカル線では過大投資。そうなると人海戦術で保守することになるんです。だけど、それって永遠に続きますか?と。そういう悩みをみなさん抱えているんです」(井上さん)
そうした課題を乗り越えるためのカギになるのがオープンイノベーション。既存の技術を応用し、いかに鉄道の現場に活用していくのかが重要になる。その一環として、他の事業者にもJR西日本が持っている技術やサービスを提供していく、というわけだ。
「ですので、まずは悩みごとを聞いて、それを解決する手段として当社の持っている技術をそのまま使ってもらうのではなくて、どのように活かしてもらえるかを考えるようにしています」(井上さん)
ちなみに、経営難に悩む中小事業者だったらコスト削減のニーズがいちばん高いように思える。しかし、実際にはすでに限界までコスト削減をしているため、むしろ“コストがかけられなくてやりたいことができない”ケースの方が多いのだとか。
そこで、井上さんは「コストをそこまでかけなくてもここまでできますよ」という、まさに“スキマを埋める”提案をしているという。
こうしたスタンスなので、銚子電鉄に導入した情報提供端末のように、目に見える“製品”があるわけではない。各事業者の抱えている課題を解決できるアプローチ方法の提案。それこそが、井上さんの仕事のひとつなのだ。
もともとiPhoneには位置情報も加速度計も入っている
「たとえば、ですね。iPhoneには位置情報や加速度計などがもともと入っているわけです。それを使いまして、線路の状態を測定することができる。
加速度計の情報を線路の善し悪しに変換するツールを作りまして、iPhoneを持って列車に乗れば、振動と位置情報と撮影した動画をまとめて解析サーバーにアップすると、そこから線路の状態を解析したデータが送られてくる。当社ではデータサイエンスにも力を入れているので、こういったサービスを提供することもできます」(井上さん)
一般的に、線路の状態は億単位のおカネがかかる軌道検測車などによって調べられる。その導入が難しければ人が歩いて見て回る。また、車両の先頭に職員が乗り込んで目視で状態を確認することもある。
しかし、コスト面と人員の課題があるローカル線ではなかなか難しい。放置しておけば安全性にも関わるだけに、中小事業者にとっては頭が痛い問題だ。
だが、iPhoneさえあれば線路の状態を調べることができるとなれば話は別。コストも抑えられるし、何より誰でも簡単に手に入れることのできるデバイスを使うために新たな設備投資もほぼ不要だ。
「軌道検測車で採ってくるデータとスマホで採ったデータの間に誤差がほとんどないことは確認しています。iPhoneだから動画も撮れるので、線路の状態だけでなく架線柱の傾きだとか、そういう情報も含めて解析することも可能。普段のお客さまを乗せている営業列車の先頭にiPhoneを取り付けるだけでそれができるんです。
また、鉄道はもちろんですが、高速道路や国道などの路面状態を調べるのにも役立ててもらえると思っています」(井上さん)
培われた技術と「汎用性」
ここで使っている技術は、JR西日本が社内で開発してきたデータサイエンスの技術だけ。あとはiPhoneにもともと入っているツールを活用しているにすぎない。
鉄道の世界は長い歴史の中で、“鉄道技術”として業界内だけで使われる専門的なテクノロジーを養ってきた。裏を返せばそれらは外でも使える汎用的なものではないし、汎用性のある技術を取り入れられるようなものでもなかった。軌道検測車などはまさにその最たるものといっていい。
汎用的な技術を用いた方がコストも安く済むし使いこなすのが簡単なのもとうぜんのこと。人手もおカネもなかなか足りないこれからの時代、そういった技術を取り入れていくことは不可欠なのだ。
「もちろん、特に安全性に直結する部分ではすべてを外からの技術でとはいきません。二重三重に安全装置を働かせることも必要です。だからぜんぶを置き換えることは難しい。ただ、最後のところは人が目で見て、ということを担保した上で、使えるものは使っていくことが大事なのではないかと思います」(井上さん)
「『なんでJRさんが?』って皆さんそういう反応です(笑)」
こうした取組の成果のひとつが、銚子電鉄への情報提供端末の導入。このほかにも、鉄道業界のみならず、さまざまな業種で使うことのできそうな技術を次々に開発しているという。
「JR西日本です、というと『なんでJRさんが?』って皆さんそういう反応です(笑)。でも、話は聞いていただけます。電話やオンラインではなくて、基本的には直接足を運んで、対面でお話をさせていただくようにしてるんですよ。そのほうが、深いお話を聞かせてもらうことができますから」(井上さん)
どんな技術もサービスも、やっぱり最後は“使う人”ということか。
写真=鼠入昌史
(鼠入 昌史)