安倍元首相は亡くなった後も日本の政治に影響力を残している

◆問いかけに答えてもらえないまま、安倍元首相は亡くなってしまった

安倍晋三元首相銃撃事件から4日後の7月12日、葬儀会場となった増上寺には献花台が設けられ、花束を持った人々が長い列を作っていた。献花台の前には、ワイシャツ姿で微笑む安倍元首相の写真。筆者には「問いかけに答えてもらえないまま亡くなってしまった」との思いが沸き上がって来た。

第二次安倍政権が誕生した2012年12月以降、筆者は何度も安倍元首相を直撃、声掛け質問を繰り返してきた。首相辞任後もなお自民党最大派閥のトップとして岸田政権にも大きな影響力を及ぼし続け、“影の総理大臣”のような存在として君臨し続けていると捉えていたからだ。

同じような見方をしていたのが、森友・加計・桜を見る会など安倍氏批判の急先鋒だった元検事の郷原信郎弁護士。7月9日のブログでは「私にとって、言論で戦い続けてきた最大の権力者が安倍氏」と振り返り、こう続けていた。

「今は、政権の座から離れていますが、いずれまた政権に復帰してくる可能性もあり、今後も、私の『権力との戦い』の相手だと思っていました。まだまだ批判し、戦い続けたかった。それだけに、私にとっても、安倍氏の突然の死去は衝撃であり、言いようのない喪失感を味わっています」

◆大多数の日本人にとっては、円安より円高のほうがプラス

参院選の一大争点となった物価高について、立憲民主党は「岸田インフレ」と批判していた。これは同党の小西洋之参院議員が5月30日の予算委員会で使い始めたものだ。「現在の物価高騰はアベノミクスインフレだ」と切り出し、これを続ければ「岸田インフレ」になると指摘していた。

「(物価高は)もちろんエネルギー問題もあるが、輸入物価全体で三分の一は円安の影響だと岸田総理も認めているわけだから、(金融緩和推進を掲げる)『政府・日銀の共同声明』を見直す気がないのであれば、異次元の物価高騰は『岸田インフレ』と言うべき失策ではないか」

実は、円安誘導のアベノミクスが物価高を招く弊害は、第二次安倍政権が誕生した当時から問題視されていた。『デフレの正体』『里山資本主義』の著者であるエコノミストの藻谷浩介氏は2012年12月4日の『日刊ゲンダイ』の記事で「(安倍氏の経済政策は)善意で日本経済を壊す危険がある」と、次のように警告を発していたのだ。

「お隣の韓国では、ウォン安で原油購入代がかさんでガソリン代などが値上がりし、国民の不満が高まっています」
「円安になれば燃料輸入額は増え、ガソリンや灯油も値上がりします。円高、円安にはそれぞれメリットデメリットがある。目下の日本では円高の方が大多数の日本国民にとってプラスです」

この記事のコピーを再登板直前の安倍元首相に手渡したのが、筆者にとって初めての直撃だった。2012年12月の総選挙で街宣を終えた時のことだ。安倍首相(当時)は異次元金融緩和に邁進、円安と株高で大企業と富裕層は儲かったが、庶民は物価高に苦しむ事態に陥ることになったのだ。

◆アベノミクスが庶民を苦しめているのではないか

そして岸田政権もアベノミクスを継承する中、ロシアのウクライナ侵攻が追い打ちをかけた。アベノミクスによる「平時の物価高」を招いてきたのは安倍元首相であり、その見直しに踏み込めないのが岸田首相という関係にある。

しかし安倍元首相は6月22日の街宣で、立憲民主党の泉健太代表がアベノミクスの見直しを討論会で主張したことに反発。「『金利を上げるべきだ』と言っており、驚がくした。逆に引き締めると『悪夢』のような時代に戻ってしまう」と訴えた。そこで筆者は同日の立川街宣を終えた安倍元総理を直撃、声かけ質問をした。

「アベノ(ミクス)インフレと呼ばれていますよ。物価高の原因ではないでしょうか」

安倍元首相は、無言のままグータッチを続け、色紙にサインをしている。筆者は再度尋ねた。

「アベノ(ミクス)インフレと言われています。物価高の原因となり、アベノミクスは失敗だったのではないですか。庶民が苦しんでいますよ」

安倍元首相は無言のままだった。

◆外国人観光客にとっては割引でも、日本国民にとっては割増!?

筆者は宮城選挙区最大の票田である仙台市でも安倍元首相を直撃した。7月5日、自民現職の桜井充参院議員(公明推薦)への応援演説で、安倍元首相はアベノミクスのメリットを次のように強調したのだ。

「(アベノミクスによる円安誘導で)海外からの観光客は3倍、4倍に増えました。仙台もそうです。いま円安になっている。たしかにいろいろなデメリットもあるが、経済においてメリットに変えていくチャンスでもある」
「何と言っても観光。これ必ず再び海外からの観光客が戻ってくる。円安はチャンスなのです。100円が135円になっていれば、(外国人観光客が)日本に35%引きで行けるようになる。日本に行けば今までよりも35%引きになるわけです。(仙台市の場外市場の)『杜の市場』にも世界中から観光客が来ることになっていくわけです。ピンチをチャンスに変えていく」

仮に外国人観光客にとって割引になるのであれば、日本国民にとっては輸入品が割増になるということだ。円安誘導は観光関連業者にはチャンス到来でも、一般庶民には物価高のピンチ襲来でしかない。そこで街宣後、「杜の市場」内の視察を終えた安倍元首相を直撃した。

「行きすぎた円安ではないですか。(外国人観光客は35%引きなら)日本人は35%物価高ですよ」

しかし、ここでも安倍元首相から一言も返って来なかった。その後、福島県田村市や郡山駅前での街宣場所で、声かけ質問を行った。しかし安倍元首相はそれを無視し、聴衆とグータッチを続けるだけだった。

◆岸田政権には、アベノミクスの弊害を止められない!?

最高権力者の座を退いても、アベノミクスの弊害(円安誘導による物価高)には安倍元首相の姿勢に全く変わりはなかった。党内最大派閥代表として岸田首相に大きな影響力を有してもいることから、アベノミクスは現政権にも継承されて「岸田インフレ」を招いているのだ。

「アベノミクスを止めよう」と各地で訴えている立憲民主党の安住淳・元財務大臣は、日米比較をしつつ岸田政権の経済政策をこう批判した。

「『金利を上げてまで、じゃぶじゃぶだった資金を回収しないとインフレは収まらない』という危機感が、米国からはにじみ出ています。しかし日本はそのままです。つまり『物価は上がってもいいから金融をじゃぶじゃぶにしていい』ということです。でも岸田さん、本音はもしかしたら私と同じように、そろそろアベノミクスを止めないと、と思っているかも知れない。でもできない。今の自民党の力関係だとできない。ちょっとでも、それを臭わせたら安倍さんが潰しにかかってくるでしょう。でも黒田さんと安倍さんは、国民生活よりも物価高ではないか」(6月25日の仙台駅前街宣より)。

◆桜を見る会や森友疑惑でも直撃するが、無言だった

筆者は「桜を見る会」や「森友学園」の疑惑についても安倍元首相を直撃した。しかし、その問いに一言も答えることはなかった。安倍政権を批判してきた元経産官僚の古賀茂明氏は銃撃事件当日の7月8日、『毎日新聞』の取材に対して次のように語った。

「亡くなった方にむちを打つべきではないという一般道徳を尊重しつつも、特にジャーナリズムによる安倍氏の評価や功罪の検証は今後もなされるべきだ」

筆者も同意見だ。今後も、アベノミクスなど安倍政権時代の政策検証に取り組んでいきたい。と同時に、“安倍忖度政治”がそのまま続くのか、軌道修正されていくのかについても注目していくつもりだ。亡くなった後も、安倍元首相は日本政治に影響を及ぼし続けているともいえる。

文・写真/横田一

【横田 一】
ジャーナリスト。『仮面 虚飾の女帝・小池百合子』(扶桑社)、小泉純一郎元首相の「原発ゼロ」に関する発言をまとめた『黙って寝てはいられない』(小泉純一郎/談、吉原毅/編)編集協力、『検証・小池都政』(緑風出版)など著書多数