―[言論ストロングスタイル]―
◆安倍氏の国葬で世界は弔問外交を求めている
安倍晋三元首相銃殺。痛ましい事件だ。改めて、ご冥福をお祈りする。岸田文雄首相は安倍元首相の国葬儀を決定したが、死してなお国論を二分、休まるところが無いようだ。
安倍氏の葬儀に関し、外国からの問い合わせが殺到しているらしい。各国で異例の弔意だ。これを「安倍氏が偉大な外交家だった」と騒いだら、よほど頭がおめでたくできている。確かに生前の安倍氏は、アメリカだけでなく、その他の国々との親善に努めた。特にアメリカに加えてオーストラリアとインドを交えたクワッドの構築は、功績として讃えられる。対中包囲網の一環だ。
一方で、対露外交は地獄絵図だった。北方領土交渉で事実上の二島返還に舵を切ったが、おちょくられて終わった。ロシアは「領土の不割譲」を憲法に明記する有様だ。安倍内閣の対露交渉は、いかなる安倍御用でも「私だって安倍批判をすることもありますよ」とアリバイ作りに使われる体たらくだ。
現実を見よ。なぜ世界が安倍氏の国葬を求めているのか。弔問外交だ。
◆岸田首相はいっそのこと、ウクライナ事変の和平会議を仕切ってみては?
弔問外交で真っ先に思い出すのが、ヨシップ・ブロズ・チトーだ。ナチスを独力で撃退したユーゴスラビアの独裁者で、戦後はスターリンと対決、ソ連に詫びを入れさせた英雄だ。「中立外交」を標榜、冷戦期に米ソいずれにも与しない国々を「第三世界」としてまとめあげた。その死に際し、対立中の米ソ両陣営から119か国の代表が参列した。ソ連がアフガニスタンに侵攻した、真っ最中だ。
この規模を上回るのが、昭和天皇。162か国から代表が参集。日本の役人たちは「世界の人々に失礼があったらどうしよう」と怯えていたらしいが、諸外国は「世界一歴史の古い日本に不利な事されても文句の言いようがない」と戦々恐々だったとか。日本の価値を一番知らないのが日本の小役人だったという笑い話だ。弔問外交では、普段ならば会えない人どうしが会える。国家首脳間で、普段はできないようなやり取りが可能だ。チトーの際も昭和天皇の際も、多くの弔問外交が繰り広げられた。
現在、世界の関心事は、ウクライナ事変だ。岸田首相はいっそのこと、ウラジーミル・プーチンとウォロディミル・ゼレンスキーを呼び出し、自分が和平会議を仕切ってみては如何か。もちろん、そうそう上手くはいくまい。しかし、戦っている当事者は、敵の情報が欲しいし、自分の意思を伝えたい。外交とはそういうものだ。何らかの行動をやってみる価値はある。
◆安倍元首相の国葬の中身と手続きには、疑義がある
以上の理由で、私は安倍元首相の国葬に反対はしない。というよりも既に岸田首相が方針を固めたので、止めようがない。ただし、言うべきは言う。その中身と手続きには、疑義がある。
戦前は、国葬令が存在、「國家ニ偉功アル者」を国葬とした。この勅令が存在する以前から国葬は行われていた。勅令施行後は、皇族と元勲の他に、軍人二人が国葬となった。一人は東郷平八郎。日露戦争でバルチック艦隊を全滅させた世界史最強の名将だ。どこからも異論は来ない。もう一人は山本五十六。負け戦の大東亜戦争の最中に、戦意高揚のために国葬とされた。
そもそも国葬は、政治利用が付きものなのだ。慎重に基準を設けた方がいい。
◆安倍氏を吉田氏に匹敵すると誰もが認めるであろうか
戦後の国葬は、吉田茂ただ一人。長期政権を築き、敗戦日本に独立を回復させた。政権後半の老害ぶりはともかく、実績そのものに異論はなかった。さて、ここで問題である。安倍氏を吉田氏に匹敵すると誰もが認めるであろうか。確かに首相在任期間は凌駕する。では、サンフランシスコ条約締結のような、わかりやすい実績があるだろうか。
別に安倍氏を腐したい訳ではない。安倍氏以前に最長不倒だった佐藤栄作も、沖縄返還という誰もが否定できない実績がありながら、国民葬となった。国葬ではなく国民葬となったことで、時の三木武夫首相は暴漢に襲われているほどだ。国葬だと憲法の政教分離との関係で宗教色を出せなくて味気ないから、国民葬にしただけなのに。
◆気まぐれに乱発されている国民栄誉賞のようにならないか
このように言い出すと、中曽根康弘は? 生きている人で名前を出して恐縮だが、小泉純一郎元首相の時はどうするのか? とキリがない。
ここで危惧するのは、国民栄誉賞のようにならないか、だ。国民栄誉賞は、王貞治選手がホームラン世界一となった時、時の福田赳夫内閣が導入した。その後は、気まぐれに乱発されている。要するに、「なぜこの人が取れたのに、この人が取れないのか」だらけなのである。
絶対評価で安倍氏を評価するのは良い。ただし相対評価で堪えうる後世への基準を、岸田内閣は設けるべきだろう。
◆法的根拠が無いから実行が難しいと言われていた国葬
そもそも国葬は法的根拠が無いから実行が難しいと言われていた。ところが、いとも簡単に乗り越えた。記者会見でもスラスラと「法的根拠は内閣府設置法第4条3項33号」「内閣法制局とも調整した」と自信満々に語っていた。
内閣府設置法第4条は、内閣府の所掌事務を定め、その数148個! その中の3項33号に「国の儀式並びに内閣の行う儀式及び行事に関する事務に関すること(他省の所掌に属するものを除く。)。」とある。政府が国葬を行える法律的根拠だそうだ。ここに「儀式」とある。岸田首相が「国葬儀」と強調した理由だ。
まさか岸田首相や側近が「何でもいいから根拠法を持ってこい」と言い出し、法制局がテキトーなやっつけ仕事で出してきたのではないかと疑りたくなる。
◆岸田首相が国葬に自信満々なのは、法制局からお墨付きを得たから
内閣法制局とは、日ごろは政府提出法案のすべてに目を光らせている役所だ。彼らの審査を通らねば、政府はその法案を出せない。また、政府の法律解釈を司り、彼らが目を光らせているから、日本国の法令には矛盾が無いことになっている。
事実、その権威は絶大で、岸田首相が自信満々な根拠は、法制局からお墨付きを得たからだ。彼らができないと言えばできないが、できると言えばできる。要するに、歴代首相は内閣法制局に、やっていいことを決めてもらってきたのだ。
そもそも法律とは何か。「権力者がやっていいことの根拠」である。それを選挙で選ばれた総理大臣が、官僚に解釈を委ねてしまっては、国民が権力者に白紙委任しているのと同じではないか。
野党は閉会中審査を求めているようだが、マトモな追及を行うべし。
【倉山 満】
’73年、香川県生まれ。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中より国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務め、’15年まで日本国憲法を教える。ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰し、「倉山塾」では塾長として、大日本帝国憲法や日本近現代史、政治外交についてなど幅広く学びの場を提供している。著書にベストセラーになった『嘘だらけシリーズ』のほか、『嘘だらけの池田勇人』を発売
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