噴石の直撃などで登山客58人が死亡、5人が行方不明になった御嶽山(長野・岐阜県境、3067メートル)の噴火から27日で5年となるのを前に、犠牲者遺族らでつくる「山びこの会」は26日、7合目の「田の原遥拝(ようはい)所」(長野県王滝村)で慰霊祭を開いた。7家族14人と地元住民が山頂に向かって手を合わせ、祈りをささげた。
行方不明の愛知大1年、野村亮太さん(当時19歳)の父敏明さん(59)=愛知県刈谷市=は「今年も残念ながら亮太の足取りが途絶えた場所まで行けなかった。来年こそ捜しに行く。もう少し待っていてください」と山に語り掛けていた。
御嶽山は2014年の噴火後、火口から1キロ圏内の立ち入り規制が続くが、昨年、初めて山頂の剣ケ峰に至る登山道の規制が緩和された。ただ、亮太さんが噴火当時にいた王滝村側の登山道は、安全対策工事の遅れで現在も立ち入りが規制されている。長野県は15年に行方不明者の捜索を打ち切っており、敏明さんは「再捜索ができていないのは残念」と言葉少なだった。
当時一緒に登山していた叔父の正則さん(56)は、噴煙で周囲が真っ暗になり、亮太さんとはぐれた。自分だけが生き残った悔しさをかみ締め、今年は御嶽山に6回登り手掛かりを探した。正則さんは「今でも亮太が逃げていく背中が忘れられない。必ず迎えに行くから」と誓いを新たにしていた。【島袋太輔】