復帰50年、沖縄の未来に託す思い 三つどもえの知事選告示

沖縄県知事選が25日、告示された。3人の候補者は県内各地を駆け回り、米軍基地の過重負担や新型コロナウイルスの感染拡大による不況に苦しむ有権者に支持を呼び掛けた。沖縄が日本に復帰して50年の節目に迎えた政治決戦。県民は島の未来を思い描きながら、訴えに耳を傾けた。【中里顕、竹内望、宮城裕也】
夕方、沖縄市で街頭に立った元衆院議員の下地幹郎(しもじ・みきお)氏(61)は、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設工事を阻止するため国との法廷闘争を続ける対立候補の現職、玉城(たまき)デニー氏(62)を批判した。「負けると分かっている裁判をすることは相手の(移設工事を正当化する)根拠を作ることになる」
同市から駆けつけた女性会社員(34)は「移設反対派が選挙で勝っても工事は止まらない。小さな子供を2人育てているので、教育費の無償化はしてもらいたい」と期待を込めた。
下地氏はこの日、普天間飛行場の移設工事が進む米軍キャンプ・シュワブ(名護市辺野古)のゲート前から動画投稿サイト「ユーチューブ」で第一声。ウェブ上の反響を狙い、沖縄本島北部の世界遺産「今帰仁(なきじん)城跡」など各地の観光名所から動画配信を続けた。
「宜野湾市民を普天間飛行場から解放しようではありませんか。跡地利用を国家プロジェクトとして必ず前進させる」。岸田政権が支援する佐喜真淳(さきま・あつし)氏(58)は那覇市で第一声を上げた後、2012~18年に市長を務めた宜野湾市で遊説。市街地の真ん中にある普天間飛行場の返還を30年までに実現させるとアピールした。
1996年に日米両政府が返還に合意して26年あまり。返還は名護市辺野古への県内移設が条件とされたため、県民は容認か反対かで二分され、その間、宜野湾市民は事故や騒音の被害に苦しみ続けた。同市のパート従業員の女性(36)は「生まれた時から基地があり、ずっともめている。基地問題を早く解決してほしい。とにかく普天間に基地があるのは危険なのだから」と祈るように語った。
再選を目指す玉城氏は出身地のうるま市で第一声を上げた後、下地氏に続いて辺野古のゲート前を訪問。「平和こそ観光、平和こそ経済。戦争のない平和な未来を実現していくことに気持ちを一つにする。この知事選の結果からその方向性を明確に示す」と声を張り上げた。ゲート前では政府が辺野古沿岸部の埋め立て工事の着手に向け、海底のボーリング調査を開始した14年7月以来、工事の抗議活動が続いており、この日も集まった市民が歌や三線(さんしん)で玉城氏を激励した。
移設に反対し、沖縄本島中部の北谷(ちゃたん)町からゲート前に通う宮城幸子さん(72)は願いを託すように言った。「海が埋め立てられていくのはつらく、私たちの声が国や本土の人に伝わらないもどかしさがある。生活や経済も大事だが、平和こそ一番の福祉だと思う」