「買うのはネット、お店は経験の場」 激動の小売業界 “売らない”戦略で売り上げアップの謎

「売らない小売り」が増えてきている。オーダーメイドスーツを販売するFABRIC TOKYO(ファブリックトウキョウ、東京都渋谷区)は、全国16あるリアル店舗で働く店員に売り上げノルマを課していない。同社は「スマートオーダー」という形でスーツを販売する。事前にユーザーが店舗で身体計測したデータをクラウド上に保管。家に帰ってからでも、数カ月後にでも、好きなタイミングで、サイト上からスーツを購入できる。

同社が重視するのは「ユーザーのライフスタイルに寄り添うこと」だ。したがって、店舗スタッフには即時的な売り上げの数字ではなく、リピート率やユーザーデータの収集といったものを求める。なお、集めるのは身体データだけではない。ユーザーの趣味や趣向、また、「タイトめな着こなしが好き」「長めの服が好き」といった情報までを集積している。これまでに集めたデータは10万件以上。これらのデータを駆使し、ユーザーのリピート率は業界平均の1.5~2倍程度だという。また、売り上げは2017年から19年まで3期連続で200%成長。「売らない」ことが売り上げにつながっているのだ。

同社の森社長は、「リアル店舗はかつて『売り場』だった。ECなどの『買う』選択肢が増えている中で、リアル店舗で買わなくても良いという提案も重要では」と話す。

「売らない」選択は、社員の働き方改革にもつながっている。同社の店舗スタッフは60人ほどいるが、この1年で離職したのは「1人いるか、いないか」(森氏)とのこと。「ノルマに追われることから解放され、やりがいをもって仕事に取り組んでもらえている」と同氏は話す。

こうした戦略に共鳴し、アパレル小売り大手の丸井グループは5月、ファブリックトウキョウと資本業務提携を締結。これに伴い、ファブリックトウキョウは丸井から数10億円規模の資金調達を実施している。9月26日に開かれたファブリックトウキョウの新サービス発表会件には丸井の青井社長も登壇し、ファブリックトウキョウの森氏とトークセッションを行った。

丸井も「売らない」
丸井自身も、「売らない」戦略を取っている。同社は15年から、商品を仕入れ、販売した差額を収益としていた「百貨店型モデル」から、テナントを誘致して定期借家契約を結び、家賃を得る「SC(ショッピングセンター)型モデル」へと転換した。

また、新たな戦略として「デジタル・ネイティブ・ストア」を掲げている。今、世界はオフラインが中心で、それに付随してオンラインが付随しているような形「ビフォアデジタル」から、オンラインが世界を覆う「アフターデジタル」の時代へ移行している。具体的には、これまで事前にオンラインで商品情報などを調べ、購入するのはリアル店舗だった。アフターデジタルの時代では、商品調査から購入までがオンラインで完結するし、逆にオンラインで買うために、リアル店舗で商品をチェックするようなことも起こっている。

デジタル・ネイティブ・ストア構想では、リアル店舗を「経験の場」(丸井グループの青井氏)として捉える。「買うだけならオンラインの方がスムーズだし、店に行くのがストレスになりつつある時代。買うまでの道のりを提示するのが大事」

ファブリックトウキョウとの提携では、自社商品を自社チャネルで販売する「D2C(Direct to Consumer)」モデルの伸張を狙う。D2Cは、ユーザーと直接関われるため、コアなファンが付きやすい特徴がある。青井氏は「ECはどんどん拡大していくだろうが、大手の一極集中では面白くない。自分に合ったものを提供してくれるようなユニークなサービスが欲しい。そうした多様で豊かな社会を作るのがD2Cなのでは」と話す。海外では、D2Cモデルでユニコーン企業となるベンチャーも多い。日本でも関心は高まりつつあり、森氏は「メールなどでD2Cの相談もたくさん来ている。今年だけでも100件以上のブランドが立ち上がっているのでは」と話す。

こうした取り組みの一方で、小売り業界とECは「競合」であることも事実だ。「やはりサービスのベースはECなので、小売りからは『競合』と見られることもある。出店先を探していたときも、『競合と一緒にやるのは嫌だ』と断られることも多かった」(森氏)。そんな中で、丸井がファブリックトウキョウを支援するのはなぜなのか。青井氏は「デジタルが一般生活の中で当たり前になっているのに、ビジネスでは『競合だから』と線引きをするのはおかしい」と話す。「ECとリアル店舗の対立はもう終わり。だったら新しい融合型のビジネスモデルを作った方が前向きだし、戦略的に有利のはず」