偏見と差別に基づく許しがたい暴言だ。政権中枢での発言であり、岸田文雄政権の人権意識が問われる。
岸田首相の秘書官である荒井勝喜氏が、性的少数者や同性婚の在り方を巡り「隣に住んでいたら嫌だ。見るのも嫌だ」と述べた。
同性婚が導入された場合の影響について「社会のありようが変わってしまう。国を捨てる人、この国にいたくないと言って反対する人は結構いる」とも語った。
オフレコを前提とした非公式取材の発言という。後に再度取材に応じて謝罪、撤回したが許されるものではない。
首相は「政府の方針とは全く相いれない。言語道断だ」として秘書官を更迭した。
更迭で済む話ではない。
荒井氏は「秘書官室は全員反対で、私の身の周りも反対だ」とも発言した。
首相秘書官は内閣の政策立案や首相の対外発信を支える政権の要職だ。岸田首相の秘書官は8人で、荒井氏は首相のスピーチ作成を担っていた。差別を容認するような空気が秘書官室を覆っていたのではないか。
荒井氏の発言は元々、首相の答弁を受けたものだったという点も看過できない。
首相は衆院予算委員会で、同性婚の法制化に関して「家族観や価値観、社会が変わってしまう課題だ」と発言していた。
しかし、社会の理解は進んでいる。同性カップルのパートナーシップ制度などを導入する自治体は昨年で全国に240ある。
首相は発言を糾弾するなら、自身と政権の認識も説明すべきだ。
■ ■
岸田政権では、性的少数者への偏見・差別発言が取り沙汰された議員の登用が相次いだ。
月刊誌への寄稿でLGBTカップルについて「生産性がない」と断じ、公金投入を疑問視した杉田水脈氏や、自民会合でLGBTについて「生物学上、種の保存に背く。生物学の根幹にあらがう」という趣旨の発言をした簗(やな)和生氏である。
杉田氏はほかにも差別発言を繰り返していたことが問題視され、事実上更迭された。一方の簗氏は、非公開の場での発言だったとしていまだに説明もなく文部科学副大臣の要職に居続けている。
こうした人々を登用してきた首相の人権感覚に疑問符が付く。首相は「持続可能で多様性を認め合う包摂的な社会を目指す」と繰り返すが、目的に合った登用とは思えない。
■ ■
公的な立場からの差別発言が、社会に与える影響は大きい。表に出なければ、偏見や差別を持ち続けてもいいという間違ったメッセージで社会を分断する危険性もある。
昨年閣議決定された自殺総合対策大綱では、性的少数者の自殺念慮の割合が高い背景に無理解や偏見などの社会的要因があるとして、関係省庁の取り組み推進が明記された。
しかし、問題は政権の中にこそあると言わざるを得ない。首相の任命責任が問われる。