【袴田事件】検察側が「特別抗告」を断念

再審=裁判のやり直しが決まることになる。
1966年、旧清水市で一家4人が殺害されたいわゆる袴田事件で
13日、東京高裁が再審=裁判のやり直しを認める決定をしたことに対し、20日検察側は特別抗告を断念した。

(支援者)
「みなさん、特別抗告断念という知らせが入りました」「バンザイ」

午後4時過ぎ、東京高検の前で要請活動をしていた支援者らに、検察が特別抗告を断念したとの知らせが入った。

(西島弁護士)
「袴田さんの50年にわたる願いが叶った」

(姉・ひで子さん)
「再審開始のときと一緒でとてもうれしかった これで安心」

1966年、旧清水市で一家4人が殺害されたいわゆる袴田事件で3月13日、東京高裁が再審=裁判のやり直しを認める決定をした。

東京高裁は、事件の犯行着衣とされる衣類について「捜査機関によるねつ造の可能性が極めて高い」と言及し、弁護側の提出した法医学者による鑑定書などについては「無罪を言い渡すべき新証拠」と認めた。

その後、袴田さんの弁護団や支援者らは、検察が特別抗告しないよう再三にわたり要請活動を行っていて、特別抗告の期限を翌日に控えた19日も浜松市で集会を開いた。

(姉・ひで子さん)
「57年たたかってやっと再審開始でございます 知らぬ間に90歳になりました 一区切りがつくのかなと思っています」

検察の判断は…特別抗告の期限を迎えた20日・・・・

袴田さんはいつもと変わらない朝を迎えていた。

(姉・ひで子さん)
「きょうはどこへ行く?」「蒲田へ行く」「ここの所ずっと蒲田だね」

一方、東京では弁護団や支援者が最後の訴え。

(白鳥記者)
「検察に特別抗告をやめるよう求め、いま弁護団が東京高検へ申入書を提出しに入っていきました」

午後には、東京高検に最後の申し入れ、その後、支援者らが座り込み、特別抗告をしないようアピールした。すると・・・

「みなさん特別抗告断念という知らせがきました」「巌さんの無実の叫びが実りました、再審開始です」

夕方、会見を開いた弁護団。リモートで参加した姉のひで子さんは、袴田さんに伝えたのかと聞かれると・・

(姉・ひで子さん)
「ちょうど帰って来た 安心しな、再審開始になったと説明したんだけれど、わかったんだがわかってないんだか」

長年、支えてきた弁護団は…

「先ほど検察官のほうから我々の「特別抗告を断念する」正式な表明があった もはや引き返しはないと思う 当然だと思う」
「これは袴田さんの50年にわたる願いだった」「まだ再審公判が残っている 袴田さんの無実を明らかにしたい」

20日はいつもより豪華な昼食にしたという袴田家。午後4時半ごろ検察が特別抗告を断念するとの一報を受けた姉・ひで子さんは

報告を受けてすぐ、リモートで弁護団の会見に出席し喜びをあらわにした。

(姉・ひで子さん)
「本当にうれしくてありがとうしか言えない」「負けるような気がしていなかった おかげで再審開始でございます 本当にありがとう」

そして先ほど、浜松市内で取材に応じた。

(姉・ひで子さん)
「皆様ありがとうございます。再審開始になりまして、本当にありがとう」
「今回の検察が断念したことにも敬意を表します 本当によくぞ決断してくれたと思っています」

Q今のお気持ちは?
(姉・ひで子さん)
「ただ嬉しい、やたら嬉しい」
「電話で小川弁護士から断念と聞いた」

Q聞いた時の気持ちは?
(姉・ひで子さん)
「もうきのうまでの疲れはすっ飛んでしまった」

喜びのあまり、その結果をすぐに巌さんに伝えたと言う。

(姉・ひで子さん)
「ちょうど抗告断念のニュースの時に巌が帰ってきた。あんたのいうとおりになったよと言った」「だけど本人はあまり反応はありません」「57年間、死んだ兄が30年くらいたてばわかってくれるかなと言ってたのが60年近くなったが、こんなにうれしいことはありません 57年も吹っ飛びましだ。」「再審開始になったからって言ったって、これから、これからが正念場です」
「きょうはまだあんまり涙が出ない 巌に言ったときはぽろっとした なんとなく女らしくなりました」