人間国宝 関西の古典芸能界から3氏 後進の指導・育成にも尽力

国の文化審議会による21日の答申で、重要無形文化財保持者(人間国宝)に、関西の芸能関係者から新たに3人が選ばれた。能楽シテ方金剛流の金剛永謹(ひさのり)さん(72)=京都市、能楽狂言方大蔵流の茂山七五三(しめ)さん(75)=同、人形浄瑠璃文楽人形遣いの吉田玉男さん(69)=大阪府八尾市。それぞれの道の技芸を究め、後進の指導・育成にも尽力していることが評価された。
永謹さんは、京都を拠点とする金剛流の二十六世宗家。幼い頃から父の金剛巌(いわお)に師事し、優美さを特徴とする金剛流の芸を身に付けた。「薄(すすき)」などの復曲や新作能にも積極的に取り組み、2021年からは日本能楽会会長として、能楽界全体の振興にも力を尽くしている。「一つ一つの舞台を、真面目に、大事にやってきたつもりです」と自身の歩みを振り返る。
室町時代の能の大成者、世阿弥の「命には終わりあり、能には果てあるべからず」との言葉を引き、「能には終点がないと捉えています」と語る。「これからさらに精進し、能の一番奥深い世界に入っていきたい。同時に、次の能楽師を育てる役目も大変大事だと思っています。芸とは、人から人へつないでいくものですから」
七五三さんは、戦後の狂言復興に大きな功績を残した四世茂山千作の次男。祖父の三世千作と父の指導を受け、40歳までは信用金庫職員として働きながら、「二足のわらじ」で週末に舞台に立ってきた。認定の知らせに「全くの予想外。これから先、どんな舞台をつとめたらいいのか悩んでおります」とユーモアを交えて喜びを語った。
祖父と父も人間国宝。兄の五世千作が19年に亡くなってからは、一門の要として若手の指導にも心を砕く。「関西の狂言、京都の茂山の芸を、後の者に良い形で伝えるようにと命じていただいたのではないか」と認定の理由を受け止める。
茂山家の家訓は「お豆腐狂言」。親しみやすく、「揺れても崩れない」芸が理想と語る。「舞台に一歩出た途端、皆に明るい気持ちで見てもらえる狂言役者になりたい」。そう言って、朗らかに笑った。
「まさか自分が」と、はにかんだような笑みを浮かべた玉男さん。中学生の時、近所に住んでいた人形遣いに頼まれて公演の手伝いに行ったことがきっかけとなり、文楽の道に入った。1968年に初代吉田玉男に入門し、翌69年に吉田玉女(たまめ)の名で初舞台を踏んだ。「不器用やと昔からよう言われてきました」と苦笑しつつ、「不器用でも稽古(けいこ)すれば、うまくなると(師匠から)教えられました」と振り返る。
「一谷嫩(ふたば)軍記」の熊谷次郎直実など時代物の立役(男役)を得意とし、15年に二代目として師匠の名前を襲名。現役の文楽人形遣いでは、吉田和生さん、桐竹勘十郎さんに続いて3人目の認定となる。67年入門の2人とは、半世紀以上にわたってともに切磋琢磨(せっさたくま)してきた仲だ。気持ちを新たに「3人で文楽を引っ張っていきたい」と意気込む。
その上で後進の育成という責務にも触れ、「文楽には世襲制度がなく、誰でも入ってこられる世界。若い人にどんどん来てほしい」と呼び掛ける。【関雄輔】