平成元年11月に発生したオウム真理教幹部らによる坂本弁護士一家殺害事件を巡り、日本弁護士連合会の小林元治会長が今月26、27日に「慰霊の旅」に出る。犠牲となった3人の遺体は北信越の3県にまたがり別々の場所に遺棄されたが、各現場の慰霊碑を現職の日弁連会長が公式に訪問するのは初めて。事件は、弁護士が職務に関連し攻撃を受ける弁護士業務妨害事案の「原点」とされ、小林会長は「日弁連が積極的に対策に取り組み続けるという強い姿勢を示したい」としている。
別々に埋められた3人
犠牲となった坂本堤弁護士=当時(33)=は事件当時、弁護士登録3年目で、オウム真理教の出家信者の親たちから相談を受けて教団との交渉窓口を務めていた。平成元年11月4日、横浜市磯子区の自宅から妻の都子さん=同(29)、長男の龍彦ちゃん=同(1)=とともに忽然(こつぜん)と姿を消した。
弁護士らが中心となり「坂本弁護士と家族を救う全国弁護士の会」(救う会)を結成し、救出のための署名活動などを展開したが、手がかりはつかめないままだった。
その間、教団は松本サリン事件(6年6月)、地下鉄サリン事件(7年3月)などの凶悪犯罪を引き起こし、警察当局による強制捜査に発展。同年9月、幹部らの供述から3人の遺体が見つかった。行方が分からなくなってから5年10カ月後のことだった。
坂本弁護士は新潟県上越市の山中、都子さんは富山県魚津市の山中、龍彦ちゃんは長野県大町市の湿地帯に、それぞれ埋められていた。各発見現場の近くには9年、日弁連や坂本さんが所属していた横浜弁護士会(現在の神奈川県弁護士会)、救う会などによって慰霊碑が建立された。
慰霊碑では毎年、弁護士らが参加して追悼行事が行われており、今年は小林会長も参加する。
風化に危機感
一方、事件発生から34年を迎えるのを前に、風化を懸念する声もある。
坂本弁護士の友人で、救う会事務局次長の瀧澤秀俊弁護士は「折に触れて若い弁護士に事件の話をするようにしているが、歴史上の出来事になってしまっていると感じる」と話す。
危機感を強めるのは、事件が弁護士業務妨害事案の「原点」とされてきたからだ。弁護士が担当する事案の相手方や、時には依頼者から攻撃を受ける弁護士業務妨害事案は、坂本弁護士一家殺害事件をきっかけに注目されるようになった。
「弁護士会が弁護士を守る」(瀧澤弁護士)という考えと仕組みづくりが進んだ結果、現在では日弁連や各地の弁護士会が対策委員会を設置。弁護士からの相談を受け、調査・情報収集といった支援活動のほか、研修や啓発活動を行っている。
ただ、22年6月に横浜市で、同11月には秋田市で弁護士がそれぞれ刺殺されるなど、弁護士が被害を受けるケースは後を絶たない。近年ではインターネットによる誹謗(ひぼう)中傷や、懲戒請求の乱用など、その手法も多様化している。
「誰にでもこうした被害が起こりえるんだということを、坂本さんの事件をきっかけに訴えてきた」と瀧澤弁護士。現職日弁連会長の訪問は「画期的なこと」と期待を寄せる。
産経新聞の取材に対し、小林会長は「基本的人権の擁護と社会正義の実現という使命のために業務を行う弁護士に対し、家族まで巻き込み、命を奪った許しがたい行為。事件の意義を再確認し、将来に受け継いでいきたい」としている。(滝口亜希)