〈 「タレント数百人が性的搾取に」ジャニーズ性加害問題の“国連会見報道”で異彩を放ったニュースキャスターは? 〉から続く
「“ことが数百人におよぶ”と国連(の関係者)は発言されました。実数としての数百人ということに関して私たちは、もっと多いのではないか、4ケタに達するのではないかと考えておりますが、いま声をあげられない人たちも多数いると思います。人類史上最悪と言われたジミー・サヴィル事件では72名の被害者がいたと伝え聞いています。しかし、今回はそれをはるかに上回る人類史上最悪の性虐待事件。これがようやく明るみに出た。この機会を今日得たと思っています」(「ジャニーズ性加害問題当事者の会」副代表・石丸志門さん)
これは8月4日(金)に国連人権理事会の専門家による記者会見の後に行われた「ジャニーズ性加害問題当事者の会」による記者会見で副代表の石丸志門さんが発言した言葉だ。
彼をはじめ当事者側の発言には鬼気迫る雰囲気が漂っていた。
だが、当日のニュース番組で引用していた石丸さんの発言の心の底までを想像してニュースを放送した報道関係者はどのくらいいたのだろうか。
「いま声をあげられない人たちも多数いると思います。心に病を抱え、生活に苦しんでいる人間がいます。私もそうです。喜んでこの場に来ているわけではありません」(8月4日、NHK「ニュース7」が取り上げた石丸志門さんの記者会見の言葉)
翌8月5日(土)、TBS「報道特集」が石丸さんについてショッキングな実態を報道した。
石丸さん自身が「心に病を抱え、生活に苦しんでいる人間」
石丸さんは中学2年生でジャニーズ事務所に入所した。ジャニーズJr.として「合宿所」と呼ばれるジャニー喜多川氏の自宅マンションに泊まるようになるとジャニー氏から口腔性交や肛門性交を繰り返し求められたことを 週刊文春に告白 している。
「報道特集」では現在の石丸さんの日常が放送された。ジャニーズ事務所を退職後はベンチャー企業に就職して仕事に追われる日々を過ごしていたという。しかし35歳でうつ病を発症。以来、心療内科への通院が続いている。55歳のいまは障害年金と生活保護を受給しながら、家賃3万7000円のアパートでひとり暮らしをしている。重度のうつ病で障害2級の障害者手帳を持ち歩き、不眠と闘いながら服薬を続ける姿。
記者会見の際にテレビカメラの前で堂々と振る舞っていた背広姿の石丸さんとは大きな落差があった。
石丸さんは若い頃の性虐待のトラウマにいまも苦しみ、中年になった現在は満足に仕事をすることができずに福祉制度に頼って暮らしていた。彼が記者会見で述べた「心に病を抱え、生活に苦しんでいる人間」とはまさに彼自身のことでもあったのだ。
“40年前のトラウマがいまも影響を与え続ける”性加害の破壊力
「報道特集」によると今年に入って元ジャニーズJr.らの性虐待の被害告発が相次いだことで、自分の被害体験が鮮明に甦り、次第にトラウマに苦しめられるようになったのだという。
「洗脳が解けて、被害の感触が一気に思い出されてきて、テレビを消して電気を消すと、足先から触られている感触がする。ゾワゾワと。病院の先生に話したら、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と言われた」(石丸志門さん)
石丸さんは男性の性被害者を主に診ているカウンセラーのもとを訪ねた。日本ではまだ数少ないそうした人たちを診てきた心理カウンセラーの山口修喜さんは、石丸さんの状態についてこう語る。
「40年前のトラウマの記憶がいま蓋が開いてわっと出てきている。そこまでの影響を人に与え続けるのが性加害の破壊力」(心理カウンセラー・山口修喜さん)
「報道特集」では、「ジャニーズ性加害問題当事者の会」の発起人を務めた二本樹顕理(にほんぎ・あきまさ)さん(39)の自宅も訪ねている。男児が誕生したところで、息子にミルクを飲ませるシーンもさりげなく出てくる。彼も13歳の時に性被害に遭ったが、そのトラウマにいまも苦しめられるという。
「幻聴が聞こえて『お前は生きる価値のない人間なんだ』とか『お前なんて存在してもしょうがないんだ』とか、そういう強迫観念がずっとあって……」(二本樹顕理さん)
「国際的な評価がジャニーズ事務所に対して下った」
国連の専門家たちは8月4日の記者会見で「実行犯に対する透明な捜査を確保し、謝罪であれ金銭的な補償であれ、被害者の実効的救済を確保すること」が必要だとし、その主な義務を担う主体は政府だと強調している。
この「金銭的な補償」についてメディアはあまり大きく報道してはいない。
8月4日の「当事者の会」の記者会見でも、二本樹顕理さんは以下のように話している。
「本当に国際的な評価がジャニーズ事務所に対して下ったと感じています。(今後)私たち被害者に対してどのような対応をしてくれるのかといったところにも注視していきたい」(二本樹顕理さん)
この「報道特集」では、ジャニー喜多川氏による性加害がおよそ70年前からあったことを裏づける証言を80歳近い男性たちから実名と顔出しで得ている。
作曲家として有名な服部良一氏の次男の服部吉次さん(78)。ジャニー氏と服部家の家族ぐるみのつき合いの中で性被害を受けていたという。
服部良一氏が死去した際の葬儀を機にジャニー氏が吉次さんの息子(当時は小学生)を狙って2人きりになろうと狙っていたのを母親の機転で阻止したエピソードも紹介された。
ジミー・サヴィル事件を上回る「人類史上最悪の性虐待」
吉次さんの友人の松﨑基泰さん(79)も小学生の頃に性被害を受けたという。
こうしてみるとジャニー喜多川氏はジャニーズ事務所を設立する前から性加害を繰り返していた確信犯といえる加害者で、冒頭での石丸さんの「人類史上最悪の性虐待」という言葉も説得力をもって感じられる。
「報道特集」では、「人類史上最悪」の性虐待事件とされる英国のジミー・サヴィル氏(享年84)の事件を紹介している。長年BBCの子ども向け番組の司会者を務め、ナイトの爵位も贈られた著名人だが、死後にBBCのライバル局が性加害疑惑を報道した。被害者は8歳から70代の男女でレイプ被害も多かった。当初はBBCで報道しようとしたが、局の幹部が放送をストップさせた。サヴィル氏は当時のサッチャー首相やチャールズ皇太子とも近い「権力者」だったことが事態の発覚を遅らせていた。
その後、警察は全英各地の450人から証言を得て捜査を行い、34件のレイプ被害を含む214件がサヴィル氏による犯罪と記録された。
冒頭に紹介した記者会見で、石丸さんはこのジミー・サヴィル事件を上回る「人類史上最悪」が、ジャニー喜多川氏による性虐待事件だと強い言葉で強調したのだ。
事務所に求められる今後の対応
今回、国連の専門家たちが認めたことで、ジャニー喜多川氏とジミー・サヴィル氏のどちらが「人類史上最悪」なのかは置いておくにせよ、どちらも数多くの被害者を出した悪質な性加害事件として国際的に認知されたものになった。日本で起きた事件を私たちはどう扱っていくべきか。
ジャニー喜多川氏の名前をそのまま残すようなかたちで事務所の名前を存続させることに世間が強く反発することは必至だろうし、国際的にも通用しない。
さらに被害者への金銭的な補償の問題を今後どうしていくのか。石丸さんや二本樹さんのように現在も深刻なトラウマを抱える人や満足に働くことができない人に対する補償をどうするのか。公害などで深刻な健康被害を起こした原因企業のように今後は金銭補償を進めていくのか。資金をどう確保するのか、これから問われることになっていく。
前例のない大規模な性加害事件をジャニーズ事務所が乗り越えて今後も活動していくためには、表面的な対応策で終わらせてはいけない。被害者に対する経済的な補償も含めて、先手を打って改革の姿勢を誠実に見せていってほしい。
(水島 宏明)