あなたは「童貞問題」を知っているだろうか。
20代男性の4割が童貞という、驚きの統計データのことだ。当然ながら女性も20代も約4割が処女。いまの20代にとって、処女や童貞はいたって普通のことなのである。
しかし、これを「そうなんだ」とは受け容れられない世代がいる。それは、アラフォー代だ。
国立社会保障・人口問題研究所などのデータを当たると、2000年ごろに20代の処女・童貞率が最低を記録している。つまり1975~80年生まれ、現在40代前半の男女は、若いうちに童貞・処女を脱する傾向にあった。今のアラフォーは、脱・童貞が早かったのだ。
その背景には、「童貞はダサい」という認識があった。
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ヤラハタ、という言葉を知っているだろうか。「やらずにハタチ」――つまり、童貞あるいは処女のまま20歳を迎えることを指す。
ヤラハタという言葉が広まったのは、『メンズノンノ』1990年2月号の「”20歳の童貞って恥ずかしい”というテーマを深く考え」という特集からだとみられている。
1975年生まれならこれを読むのは15歳。今と違ってインターネットもなかった時代であり、雑誌は思春期のトレンドをけん引する力を持っていた。
さらに「20歳までセックスをしなければEDになる危険がある」「セックスは人を精神的に成長させるから20歳までにしておくべき」などの科学的には実証されていない根拠づけがなされ、当時の若者はあせりにあせった。童貞・処女であることはダサいという風潮が、こうして定着したのだ。
実際にヤラハタを意識したことがあるという、43歳のAさんから話を聞いた。Aさんは地方都市で医療事務をしている女性で、10代のころはファッションやトレンドに敏感な方だったという。
Aさん:あのときは童貞と付き合うなんて、ありえないっていう価値観があったよね。だって、童貞だとデートも下手だし、エッチも下手じゃないですか。絶対に経験豊富な人と付き合った方が楽しいし、エッチも気持ちいい。
――セックス以外でも、男性が恋愛でリードすべきという考えは定着していましたか。
Aさん:そりゃそうよ。若い子はワリカンでもデートするなんていうけど、ありえない。「奢ってもらえないんだったら帰る!」って、実際に帰っちゃう子もいるくらいですもん。奢りっていうのは誠意の証。ワリカンっていうのは「あなたになんか、興味ないですよ。このお店で解散したいから空気を読んでとっとと帰ってね」っていう意思表示です。
まあ、今のご時世で私も奢りを要求はしませんけどね……。それでも、同年代なら初デートでワリカンは傷つくって人の方が多いんじゃないかな。
――セックスにおいても、男性が「こうすべき」という価値観はありましたか。
Aさん:まず、やりたいって誘いは男性からしかありえないですよね。童貞君なんかはその辺がこう、モジモジしちゃって意気地がない。最中も男性が体位を決めたり、動いたりするわけじゃないですか。女の子なんて寝っ転がってるだけなんだから。そこで男がこうバシっと動けないんじゃ、ねえ。一体どうするの? それエッチとして成立すんの? って感じですよ。
――けれど、生まれたときは全員童貞か処女ですよね。それなのに童貞が恥ずかしいと避けられるなら、男性は初体験をどう済ませてきたんですか。
Aさん:私は女だから知らないけど、風俗でとか、同年代の彼女と高校生のときに……ってのが一番多かったんじゃないですかね。さすがに同学年、同年代とのエッチなら童貞でも仕方ないじゃないですか。で、18歳にもなると「ヤラハタになっちゃう」ってあせる子も出て、ぱぱーっと(童貞や処女を)捨てちゃう。
実は、Aさんが20代を過ごした1990年代においても20代の童貞率は3割台。つまり、3人に1人は世間からヤラハタのプレッシャーを感じながらも、脱童貞を果たさなかったことになる。
中には童貞ではないと嘘をついたり、前戯を「やった」にカウントしたりと、童貞を隠そうとする人もいただろう。当時の童貞は、いまよりもずっと生きづらそうだ。
ヤラハタが恥ずかしいものとされ、脱童貞を推奨されてきたアラフォー世代。彼ら・彼女らから見て、いまの20代の童貞率は衝撃的だ。そして童貞率の数字よりもショックを受けるのが、20代が童貞・処女であることを「フツー」のこととして受け入れている事実だろう。
私がアラフォー世代のBさんとかわした、ちょっとした会話を一例に紹介したい。
Bさん:ねえ、今の若い子って童貞こんなにいるの?
――そうですよ。その辺を歩いているハタチくらいの子は、4割が童貞と処女ですね。
Bさん:えっ? オタクみたいな気持ち悪い人じゃなくても童貞なの?
――20代の童貞は「オタクみたいな気持ち悪い人」がなるもの、という印象があるんですか。
Bさん:まあ、偏見は良くないけど……正直、いい年して童貞なんてよっぽどモテなかったのかなとか、精神的に幼い、アニメとか好きなオタクって印象がありますね。え、本当に普通の子たちが、童貞なんですか? そうですか……。
Bさんほどストレートな表現を使う人は少ないとはいえ、ヒアリングを重ねると決してこの価値観はアラフォーにとって珍しいものではないと分かってきた。アラフォー世代が20代のころは、オタクも童貞も、ネガティブな印象を伴う言葉だったからだ。
その結果、40代が今の20代に接するとどうなるか。「え? 〇〇くん26歳にもなって童貞なの? うっそー! 見えなーい! いい子紹介してあげるから、今度合コンしなよ!」と、20代に脱童貞を勧めてしまうのだ。
ところが、今の20代にとって童貞は自虐ネタとして使えこそはすれ、そこまで恥じるものではない。むしろ、脱童貞にあせってガツガツ女性を口説く方がダサいと言われる世代だ。だから40代の脱童貞を急かす言動は、ハラスメントとして映る。
実際に「童貞ハラスメント」を受けたというCさんは、こう語る。
Cさん:なんか、バイト先で俺って彼女いたことないんですよね、って話になったんですよ。そしたらパートの先輩がびっくりしちゃって。「イケメンなのにもったいない!」って。もったいないって何だ……? ってこっちもびっくり。イケメンだから女の人とやった方がいいってこと? 普通に何を言っているんだろう、って感じでしたね。イラっとまではしませんけど、こう何か、モヤモヤというか。
このように、童貞をめぐる価値観には現在の20代と40代に大きな溝がある。20代はヤラハタどころか、4人に1人が生涯未婚となりうる世代。いつまでも”あの時の常識”を前提に話をすれば、20代からは驚かれるどころかセクハラで訴えられるのが関の山だ。
童貞や処女はいまや、普通の人のステータスだ。
そして童貞や処女を「なくすべき」という社会の圧は、ヤラハタのプレッシャーに苦しんできた大人世代が、若人は同じ苦しみを味わわないよう取り除いてやるべきものだろう。
あのとき3分の1いた“実は童貞”勢が、どれだけ生きづらかったことだろうか。今の20代は、ヤラハタの呪いから解放されつつあるのだ。
童貞を卒業するより、ヤラハタを卒業しよう。他人が童貞かそうでないかなんて、正直なところ自分には関係のない話なのだから。
【参考】・澁谷知美『日本の童貞』2003年・15回出生動向基本調査(結婚と出産に関する基本調査) – 国立社会保障・人口問題研究所http://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou15/NFS15_reportALL.pdf・ニッポンのセックスhttps://www.sagami-gomu.co.jp/project/nipponnosex/