※本稿は、宮崎拓朗『ブラック郵便局』(新潮社)の一部を再編集したものです。
「記録と記憶に残るラストスパート!」。2019年4月1日、四国の各郵便局にスポーツ紙を模した「四国スポーツ 号外」が配布された。
作成したのは日本郵便四国支社。全国の支社の中で唯一、しかも6年連続で保険営業目標を突破したと伝え、「この伝統を次年度以降も続けていきましょう!」との支社長コメントも掲載されている。
目標を達成したのは年度最終日の3月31日。支社内が喜びに沸く中、ある男性局員は31日当日の契約データを見て驚いた。局員の家族とみられる人物が契約者になっている契約や、営業実績としてカウントされた後に入金もないまま失効している事例が次々に見つかったのだ。男性局員は「目標達成の実情は、自腹契約とカラ契約だったんです」と言った。
取材に応じた渉外社員たちは、口々にノルマの厳しさを訴えた。
渉外社員たちの1日は、毎朝の朝礼で、その日の目標をたたき込まれることから始まる。局内の壁に、社員ごとに「○日までにやります」と書いた宣言書が張り出され、達成できた社員の分だけが剥がされていくという郵便局もあった。
ノルマが課されるのは、契約額だけではない。アポ電の数、顧客宅への訪問件数、見積書の作成枚数、そして契約件数まで、個人ごとに全ての数字が管理されている。「君は平均すると1日に○件の電話、○件訪問をして、○件しか契約が取れていない。この割合を考えれば、もっと電話と訪問を増やさないとダメだ」などと指示されるのだ。
関西地方の渉外社員の男性は、「1日5件はアポを入れろ」と指示されていた。アポイントが取れていなければ、一日中部屋にこもり電話をかけさせられる。多い日には50件。保険勧誘という本来の目的は告げず、「相続税対策のご提案があります」「お会いしてお伝えしたいことがあります」と表向きの訪問理由を説明するのだ。
「まるで振り込め詐欺のアジトみたいだ」
受話器を握りながら、男性は罪悪感に苦しんだ。
アポが取れ、訪問した顧客からは「しょっちゅう郵便局から電話がかかってくる」「今日来られた郵便局員さんは、あなたで3人目ですよ」と言われることもあった。「一体、郵便局は何をしているんだろう」とむなしくなった。
この男性は「保険営業の現場で起きていることを伝えたい」と言い、面会して話を聞かせてくれていた。取材の途中でしばらく黙り込むと、意を決したように言った。
「僕は2回、お客さんを騙して加入させたことがあります」
このうち1度は、「不告知教唆」の不正だった。本来は持病があって保険に加入できない顧客に対し、「それぐらいの病状なら大丈夫ですよ」と話し、告知しないよう促した。顧客は病気が悪化して入院し、保険金を請求したものの、かんぽ生命は「告知義務違反」があったとして支払いを拒否した。顧客は「局員に告知しなくていいと言われた」と抗議したが、男性は社内の調査に「そんな説明はしていない」とうそをつき通したという。
男性は心を病み、心療内科に通っていた。
「騙して申し訳なかった。契約を取らないと、局に帰れなかったんです」
震える声で語った男性の目から涙があふれた。
ノルマが達成できない渉外社員に待っているのは、懲罰研修だった。
日本郵便近畿支社の研修に何度も参加させられた渉外社員が証言する。
研修会場で待っているのは、支社の金融渉外本部長や、「専門役」「指導役」と呼ばれる幹部たち。呼び出された渉外社員たちは、持参した反省文を手渡すのだが、幹部らは目を通すこともなく、「『頑張ります』っていう言葉なんかいらん。いつまでにナンボすんねん。ここで宣言しろ」と恫喝してくる。
渉外社員らの釈明に納得がいかなければ、幹部らの叱責はさらに過熱し、「足を引っ張ってんのはオマエや。ここで土下座せえ」「各局の金融渉外部に行って、頭下げて来い」と怒鳴り散らした。目標に足りない額を借金に見立て、返済を迫るような場面もあったという。
中国地方の渉外社員は研修での「ロープレ」が苦痛だったと話す。ロールプレイングの略語らしく、出席者たちの前で、順番に顧客への営業を実演させられる。上手にできなければ会場から失笑が漏れ、緊張から途中で何も話せなくなる同僚もいた。この渉外社員は「研修とは名ばかりのパワハラ。数字が上がらない責任を個人に押しつけ、つるし上げるためだけのものだった」と悔しがった。
厳しい締め付けによって、退職者や休職者は相次いでいた。「うちの金融渉外部では、新卒が3年以内に7割辞め、通年募集している中途採用者も陰湿な空気に嫌気が差してすぐに辞めます」(九州の渉外社員)という職場もある。
そんな状況を、上層部は容認していた節がある。各局の営業目標は、渉外社員の人数を基に算出される。実績が低迷した社員がいない方が、目標を達成しやすくなるのだ。心を病んで休職していたある渉外社員は、幹部から電話で「今年度はずっと休んでいてくれ」と求められたと打ち明けた。
渉外社員たちにノルマの達成を求めていた各郵便局の現場トップ、金融渉外部長たちもまた、その上から強い圧力を掛けられていた。
2018年7月、日本郵便近畿支社が開いた会議。支社幹部らと、管内にある各郵便局の金融渉外部長たちが出席していた。実績が低迷している局の部長たちが、「6月の反省と7月の挽回策」について発言させられ、支社幹部らが厳しい言葉を投げかけていく。
私の手元には、当日のやりとりを録音した音声データがある。これから紹介するのは、支社幹部とある部長とのやりとりの一部だ。「○%」という数字は、年間目標を100%とした際の、月間、あるいは1日当たりの進捗度合いを指している。
支社幹部(以下、幹部)「部長、今月、何%数字だしてます? やる数字」
部長「今月の目標は12.06(%)です」
幹部「ですよね。先月、何%できました?」
部長「2.47です」
幹部「ほう、約5倍の数字ね、今月」
部長「はい」
幹部「実際、今月、昨日現在で1日当たり0.13。掛ける21営業日だと、先月と同じぐらいのレベルで終わるんちゃいます?」
部長「あの、このままいけばそうなりますけど……、なかなか進んでいないというのは、訪問先の見込みの件数が出てこないところに原因がありますので、改めてきっちりアポを取って……。あの、いま「(1日に一人当たり)8件回りなさい」という話をしてまして、実際のところ、8件はなかなかできてなかったかなという反省がありますんで、きっちり面談できるところを作っていくという形で……、あの、アポを取らして、提案書もきっちり作って……」
(略)
幹部「部長になられて何年ですか」
部長「管理者になってから10年になります」
幹部「ですよね。なんか、いまの言葉聞いてたら、今年部長になったんかなっていう言い方ですよね」
部長「……まあ、訪問先がきちんと確認できてないのが大きな原因やと思いますので、再度、徹底していくしかないかなというのは感じてますんで」
幹部「徹底してという話ですが、それ、徹底してできてないから、今月こんなんなってるんとちゃいます?」
部長「その、訪問先の確認と、毎日、現状のスピード上げるための勉強会も入れていきますんで。意識を持ってもらう材料を与えていこうと思いますんで」
(略)
幹部「今月、ここまで遅れるまでに、たとえば火曜日なりに定点チェックとか、水曜日に緊急会議とか、開きました?」
部長「その……、毎日、現状とこれだけやっていかなならんというのは、毎日やっている状態です」
幹部「あのね、言うだけで社員に伝わってないと思いますわ」
部長「はい」
(略)
部長「設計書は作るようにしてるんで、その設計書が、作ってるけど契約に結びついてないというのは、訪問先の内容が、きちんとこっちも把握できてない、アドバイスできてないところは、契約に結びつけてないかなと」
幹部「それを精査して調べてきちっとやるのが部長の仕事ちゃいます?」
部長「はい」
幹部「もうちょっと、部長として腹くくってください」
近畿支社の幹部らは、実績が低迷している他の局の金融渉外部長たちに対しても、アポイントの取得件数や訪問件数などの細かなデータを示しながら、前月までの反省点や今後の挽回策を問いただしていった。
部長たちが、しどろもどろになりながら、「今月は必ずやります」と述べると、「いくらきれいごと言うたかて、最終的な数字が挙がらんかったら一緒ですよ」「有言実行でお願いします」と結果を求めた。そして、この日は発言の機会がなかった低迷局の部長らに対し「あなたたちが近畿の足を引っ張ってるということを自覚してください」と言い放った。
この会議が開かれたのは、(保険の不正営業について特集した)NHKの番組が放送されてから約2カ月しかたっていない時期だ。だが、約1時間にわたる会議の中では、適切な営業を指導する発言は一切なく、終始、数字だけを求める指導が行われていた。
ある渉外社員は「優しい部長は、目標未達の責任を自分でかぶり、次々に左遷されていった。その一方で、パワハラ系の部長たちは、下を追い詰めて数字をたたき出し、出世していったんです」と話す。
高い実績を挙げている部下が不正な営業をしていても、上司は見て見ぬふりをしているという証言も相次いだ。北陸地方の渉外社員は「なじみのお客さんが不利益な契約をさせられそうになっていたので、契約しないように助言したところ、そのことを伝え聞いた幹部から『営業妨害をするな。今度こんなことをしたら処分するぞ』と恫喝された」と話している。
2019年2月、日本郵便とかんぽ生命の社長が内部向けに連名で出したメッセージには、「今年度のかんぽ営業については、たいへん厳しい状況が続いています。『やると決めた推進は、必ず達成する』という強い信念を持って、総力を結集し、営業スキルを存分に発揮していただきたい」と記されている。
郵政グループの中枢は、経営状況を元にはじき出した営業目標を設定し、中間組織である日本郵便の支社を通じて現場に過剰なノルマを課し続けた。その結果、モラルを失った社員は詐欺まがいの営業を繰り返す。一方で、良心の呵責に耐えられなかった社員は心を病み、休職、退職に追い込まれていたのだった。
「正念場です! 今が正念場です! 毎日が正念場です!」
幹部からのこんな指示文書を目にした九州の渉外社員は力なくつぶやいた。
「この会社は完全に狂っている。無謀なインパール作戦のようだ」
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(西日本新聞社北九州本社編集部デスク 宮崎 拓朗)