日中「社交の場」にメス…元中国外交官によるコロナ給付金詐欺事件、公安部摘発の背景は

国の新型コロナウイルス対策給付金をだまし取ったとして、元中国外交官の男らが今月、詐欺容疑で警視庁公安部に逮捕された。かつて在日中国大使館の3等書記官だった男が都心の一等地に構えた高級中華料理店は、日本の政財界関係者や中国大使館関係者の〝御用達〟だったとされる。摘発に動いたのは、過激派や外国勢力を捜査対象とする公安部。背景には、中国当局関係者の国内外での活動に対する警戒感がにじむ。
約20カ所を一斉捜索
2月5日午前10時、東京・六本木の繁華街。まだ人通りもまばらな飲食店やオフィスビルが立ち並ぶ一角に、警視庁の腕章を付けた捜査員らが集まっていた。列になり、続々と向かった先のピンク色のビルには中華料理店「御膳房(ごぜんぼう)」の看板が掲げられていた。
公安部は同日、新型コロナ給付金約375万円をだまし取ったとして御膳房などを運営する「東湖」社長の中国籍、徐耀華容疑者(62)と、同社元社員で経理担当だった小島敬太容疑者(28)を逮捕。同店を含む関係先計約20カ所を家宅捜索した。捜査員らが多数の段ボール箱を抱えて同店から出てきたのは、捜索開始から約12時間後の深夜だった。
御膳房は中国・雲南省から取り寄せた天然のキノコや、漢方素材などを使った薬膳料理を売りにしている。黒を基調とした90席ほどの店内は落ち着いた雰囲気で、接待にも適した完全個室も配備。ホームページでは《歴代首相を始めとする日本政財界、中国大使館などによくご利用されています》(原文ママ)などと紹介していた。
エリート外交官から事業家に転身
店の宣伝や過去のメディア掲載で特に目を引くのが、徐容疑者の華々しい経歴だ。
徐容疑者は中国教育省直属で最も権威があるとされる「国家重点大学」の一つ、武漢大学出身。関係者によると、同大の在日同窓会組織の幹部も務めていたという。
大学卒業後には、日本の文部科学省に当たる文化省に入省。1980年代に在日中国大使館で3等書記官として勤務した後、中国に戻ったが、再び来日して貿易業を企業。紹介文では、有機農産物の輸出入などを通じ、日本では珍しかった雲南料理を広めようと平成7(1995)年、御膳房をオープンしたとしている。
同社はその後、都内に複数の店舗を構えるまでに成長。令和5(2023)年には中国の老舗店舗の日本初出店にも携わるなど、事業を拡大していた。
今回、公安部が着目したのは、国の「新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金」だ。徐容疑者らは、労働者が会社を介さずに直接、国に支援金を申請できる同制度を悪用していたとみられ、従業員らが実際よりも少ない日数で勤務していたと偽り、給付金の詐取を繰り返していたとされる。
給付金を従業員の給与に充て、賃金の支払いを免れていたとみられるが、浮いたカネの使途は明らかになっていない。公安部は2月25日、新たに従業員3人分の給付金を詐取した疑いで徐容疑者らを再逮捕している。
給付金で公安部が摘発、過去にも
不正受給が相次いで摘発されるなど、制度の「穴」も指摘される国のコロナ給付金。こうした給付金詐欺などは通常、刑事部の捜査2課が扱うが、公安部は今回の事件以前にも、給付金を巡る詐欺容疑で別の中国人の関連施設を家宅捜索している。
令和5年5月には、中国出身者と日本企業の交流促進に取り組むとする一般社団法人が入る東京都千代田区のビルを捜索。このビルは、スペインのNGOが中国が世界各地に設置した監視拠点「海外警察拠点」の可能性があると指摘した施設のうちの一つだった。
摘発を機に、ビルで在日中国人への中国での運転免許更新支援が行われていたことや、同法人の元幹部が一時、国会議員の事務所に出入りしていたことも明らかになった。
今回、摘発された飲食店の背後関係は現時点で不明だが、日中の政財官関係者が出入りする〝社交の場〟に日本の公安当局が踏み込むのは異例。公安部は押収資料の分析など、詐欺容疑での捜査を進めている。