※本稿は、郷原信郎『法が招いた政治不信 裏金・検察不祥事・SNS選挙問題の核心』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
自民党が派閥政治資金パーティーをめぐる「裏金問題」で、国民の厳しい批判を受け、2024年4月の衆議院3補選で全敗(うち2選挙区では公認候補者を立てられず)するなど、大きく支持を落とす状況で行われた7月の東京都知事選では、元安芸高田市長の石丸伸二氏が165万票を超える大量得票で2位となり、
11月の兵庫県知事選では、県議会で不信任決議案が全会一致で可決されて失職した斎藤元彦氏が再選、さらに、名古屋市長選でも、4党相乗りの大塚耕平(おおつかこうへい)氏を破って減税日本の広沢一郎(ひろさわいちろう)氏が当選するなど、予想外の選挙結果となる事例が相次ぎ、その度にSNSが選挙に与える影響が注目された。選挙でのSNSの活用が公選法違反の刑事事件で捜査の対象となる事例も相次いでいる。
兵庫県知事選挙をめぐっては、私と神戸学院大学教授の上脇博之氏による斎藤知事らを被告発人とする買収罪についての告発状が、神戸地方検察庁と兵庫県警察本部に受理され、稲村和美(いなむらかずみ)候補に関して大量のデマ投稿が行われたことについての虚偽事項公表罪等の告発状(被疑者不詳)が兵庫県警に受理されている。
12月2日に提出した告発状で、斎藤知事らについて公選法違反(買収罪)の嫌疑の根拠としたのは、
(1)11月20日に、PR会社の代表取締役社長が、インターネットのブログサイトnoteに行った投稿の内容によれば、PR会社の社長として、同社の社員ともに、斎藤氏の知事選挙においてSNS広報戦略を全面的に任せられてその運用を行ったものと認められること
(2)社長のnote記事投稿の信用性が、投稿前後に斎藤氏の選対の主要メンバーであった市議会議員らのX投稿によって裏付けられていること
(3)斎藤氏に代わって行われた代理人弁護士の会見での、PR会社に対する71万5000円の支払を認めた上での「PR会社にはポスター制作等を依頼しただけでSNS運用を任せておらず、PR会社社長は斎藤氏のPR会社訪問後、個人のボランティアとして選挙に関わっていたとする説明」が不合理であり信用できないこと
の3点であった。
これらにより、代理人弁護士が支払を認めた71万5000円は、PR会社へのSNS運用という選挙運動の対価を含むものと判断したものだった。
このような告発状を提出したことを、オンライン会見を行って公表し、告発状をネットで公表したところ、告発人の私の下に兵庫県民から様々な資料、情報が提供された。それらを逐次、捜査機関側に提供するなどしていた。
それも早期告発受理の一因になったものと考えられるが、さらに、2025年2月7日、神戸地検と兵庫県警がPR会社の複数の関係先に対して家宅捜索を行ったことが報じられた。告発事実についての買収の嫌疑が、強制捜査の実施が相当と考えられるほどに高まっているということだと考えられる。
昨年の一連の選挙を機に、公職選挙においてSNSが大きな影響を与えることが認識され、その実態に即して公職選挙法のルールを改めるべく、法改正に向けての議論が始められている。
公選法改正の議論を適切に進めていくためには、選挙で実際に何が起きていたのか、現行法の罰則ではどの範囲が処罰の対象になり、どのような行為が処罰の対象ではないのか、現行法と現状との間にどのように乖離(かいり)が生じているのかを把握することが重要となる。
兵庫県知事選挙でのSNSに関する公選法違反の告発が契機となって、他の選挙に関しても、同様の問題が表面化している。
2024年10月の衆議院議員選挙徳島2区で当選した自民党公認の山口俊一氏の陣営が選管に提出した選挙運動費用収支報告書で、SNS運用委託費として業者に150万円を支払っていたことが明らかになり、徳島新聞が、業者側の取材の結果から公選法違反の疑いがあることを報じた。
業者側も、山口氏を応援するプラカードを支援者に持ってもらって、写真撮影してインスタグラムに投稿することを企画したり、インスタライブを提案して実行したりしたことを認めており、主体的・裁量的にSNSを運用した疑いがある。
一方、山口氏の事務所では、撮影や編集を一任していたことは認める一方、「動画撮影と加工」「撮影写真のピックアップ(選択)と補正」といった業務を記した指示書を毎日、業者側に渡しており、編集された動画をチェックし、映っている人の顔を消したり、音楽を差し替えたりするよう指示をし、配信も山口事務所側が行っていたことから、裁量権は山口氏側にあったとして、公選法違反を否定している。
毎日、候補者側から業者に対して「指示書」が出されていた事実があり、それが単に、選挙運動への対価支払についての「言い訳」にしようとしただけのものか、実質的に陣営側の主体性・裁量性で行われていたといえるのかが公選法違反の成否に関するポイントとなる。
この件については、本稿執筆の最終段階の3月3日に、私と上脇氏とで、SNS業務委託と報酬支払の当事者等を徳島地方検察庁に公選法違反で告発した。
私も上脇氏も、この件で徳島新聞からの取材を受け、公選法違反の成否についてコメントを行っているが、その取材の過程で知り得た情報から、山口陣営から業者への「指示書」は、具体性を欠き、業者側の主体性・裁量性を否定するものと言えない可能性が高いと考えられる。
山口陣営において本件SNS運用委託を行った背景には、自民党本部から衆院選の各公認候補者に対してSNSを積極的に活用するよう指示があり、その際、公選法違反に問われることを防止するための対策として業者側に対して業務内容の指示を行うよう指導がなされていた事実もあるようだ。
これらからすると、SNS業務委託が公選法違反に該当する可能性は十分に認識されていたと考えられ、同衆院選における他の自民党候補者にも同種の問題がある可能性がある。これらの事情からすると、今後のSNSに関する公選法改正の議論にとっても重要だと考え、山口陣営によるSNS業務委託の問題について告発を行うことにした。
また、2025年2月に入り、週刊文春で、昨年の東京都知事選挙で小池百合子氏に次ぐ2位となり、SNSの活用が注目された石丸伸二氏に関して、投票日の2日前の決起集会のYouTubeチャンネルでライブ配信された映像の撮影と配信を担当した業者に対して、石丸氏側が97万7350円を「ライブ配信機材キャンセル料」の名目で支払っていたことが買収罪に該当する疑いが指摘された。
石丸氏側は、ライブ配信はキャンセルしたが、業者側がボランティアで行ったと説明している。しかし、一応契約はキャンセルしたとしても、実際に、映像の撮影と配信が行われたのであれば、キャンセル料の支払が、その対価ではないかが問題になる。
「キャンセル料」の金額が、事前に合意されていて、ライブ配信を行っても行わなくても、契約上支払は免れないという場合でなければ、実質的にライブ配信の対価に該当し買収罪が成立する可能性がある(すでに、市民団体と上脇氏が、公選法違反で刑事告発を行っている)。
このように、選挙でのSNSの活用をめぐって、様々な事例が問題となり、それが刑事事件として捜査処分の対象となって、事例が積み重なっていくことで、SNS運用に関する公選法改正の議論が深まっていくことになる。
公選法は、選挙運動の自由、表現の自由の保障との関係から、選挙に関する発言や表現の内容自体に対しては基本的に寛大である一方、選挙運動に関する金銭、利益のやり取りに対しては、「選挙運動ボランティアの原則」から厳しい態度で臨んでいる。
本来、選挙運動は、候補者本人と、その候補者を支持・支援する選挙運動者によって行われるものである。選挙運動にとって不可欠なポスター、チラシの制作等が公費負担の対象とされ、選挙カーの運転、ポスターの掲示等の機械的労務や、車上運動員(ウグイス嬢、手話通訳者)に対する所定の金額の範囲内での報酬支払が認められているが、それ以外は、選挙運動はボランティアで行うのが原則である。
判例上、買収罪との関係において、「選挙運動」は、「当選を得しめるため投票を得若しくは得しめる目的を以て、直接または間接に必要かつ有利な周旋、勧誘若しくは誘導その他諸般の行為をなすこと」とされている。
その定義によれば、特定の候補者の当選を目的として主体的・裁量的に行う(自分の判断で主体性を持って行っている)行為はすべて「選挙運動」であり、それに対して報酬を支払えば、告示の前後を問わず、上記例外を除いて、すべて、買収罪が成立する。
選挙運動は立候補届出前に行ってはならないという「事前運動」の規制との関係では、立候補予定者等が選挙準備として行う行為は、それを行わなければ立候補すること自体が困難なので、主体的・裁量的に行う行為であっても、「事前運動」の規制の対象にはならないが、それに対して対価を支払えば買収となる(逐条解説公職選挙法改訂版〈中〉129条〈事前運動の禁止〉)。
このように、選挙運動に対する対価の支払に対しては、現行法は極めて厳格であり、現行法上は、選挙コンサルタントやPR会社などが、有償で「業務として選挙に関わること」は、その実態が明らかになれば、大半が違法ということにならざるを得ない。
このような状況を受けての公選法の運用や立法論に関して重要となるのが、SNSを含めた選挙戦略に関わる選挙コンサルタントやPR会社に対する報酬の支払の事態である。それらのうちどの範囲が選挙運動の対価に当たり買収罪が成立するのかが問題となる。
投票の秘密が保障されて自由に投票できるのが選挙人の権利であるのと並んで、特定の候補者への支持を外形的に表現する選挙運動を行うことも国民の権利である。しかし、投票や選挙運動という権利は、誰からも利益を得ることなく行うことが大前提であり、それを有償で行うことは禁止されるというのが公選法上のルールであり、特定の候補者を当選させるための選挙運動を「業務として」行うことには、公選法上、大きな制約がある。
選挙コンサルタントというのは、「候補者に適した選挙キャンペーンのプランニング、アドバイス等を行うことで有権者の支持を拡大し、当選を果たすための、合理的な選挙戦略の策定をサポートする仕事」であり、それは、まさに「業務として選挙に関与し報酬を得る」という職業である。
それが、公職選挙に立候補しようとする者自身に対する助言・指導だけではなく、候補者の当選のため、選挙陣営内部に入り込んで、選挙全般にわたって、選挙参謀的に関わるようになると、選挙運動に限りなく近くなり、報酬の支払が買収罪に当たる可能性が生じる。PR会社が公職選挙における広報戦略を担う場合も同様だ。
選挙コンサルタントの活動に対する公選法違反の疑いが表面化したのが、2022年2月の長崎県知事選挙であり、前述したとおり24年11月の兵庫県知事選挙ではPR会社の選挙への関与が公選法違反の問題となった。
従前は、選挙コンサルタントは、「告示後は報酬を受け取れば公職選挙法違反になるので、告示前までは政治活動へのアドバイスに対する報酬」「告示後はすべてボランティア」という説明で通してきた。しかし、活動全体がボランティアというのであればともかく、候補者の当選をめざす一連の活動を、「告示前の選挙準備活動は有償」「告示後はボランティア」と切り離せるものではない。告示後の選挙期間中も選挙運動に直接関わることを前提に、告示前に報酬を支払ったのであれば、選挙運動者にその対価を供与したことになり、買収罪が成立する。
だからこそ、従前は、選挙コンサルタントの活動は、基本的に表に出ない形で候補者自身に対する直接の助言・指導が中心で、特に、告示後の選挙運動には直接関わらないのが鉄則だった。証拠が残らないようにすれば、「選挙運動には当たらない“告示前の活動”に対する報酬しか受け取っていない」と主張することができるからだ。それが、選挙を“生業(なりわい)”とする選挙コンサルタントの常識であり、身を守る術すべでもあった。
ところが、2つの知事選挙では、選挙コンサルタントやPR会社社長などが、業務としてSNSを含む選挙戦略の策定・実行に関わって候補者を当選に導いたことを公言し、それによって、公選法違反疑惑が表面化することになった。
かつては選挙のやり方は、選挙広報、法定の範囲内でのポスター、チラシ、街頭演説、選挙カーによる連呼、地縁・血縁を使った投票依頼など、限られたものでしかなかった。そうした中で、金銭を提供して有権者に投票依頼する「投票買収」を摘発・処罰することが、選挙違反の取締りの中心だった。
インターネット選挙が解禁されて10年あまり、選挙で有権者の支持を得る手段が多様化し、その中でSNSなどの活用が特に重要な手段になるのに伴って、そのような業務を専業とする業者が活動する余地が広がり、そのためのノウハウ、スキルを持つ業者の付加価値も大きくなっていく。それに対して有形無形に支払われる対価が大きなものになっていくのは必然だ。
そのような事態を放置すれば、専門業者に多額の報酬を支払えるかどうかで、選挙の勝敗が決することになり、公職選挙の目的を阻害することになりかねない。「業として選挙に関わること」を野放しにすることができない理由はそこにある。
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(郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士 郷原 信郎)