子ども性被害に「時効の壁」、民事訴訟での撤廃を…ジャニー氏被害者ら「暴力認識に時間かかる」

性暴力の被害者や支援する弁護士ら有志が、子どもの頃に受けた性被害について、民事訴訟での時効撤廃を求める活動を進めている。幼少期だと被害に遭ったと認識するまでに時間を要する上、精神的ショックで申告しにくい実態があるにもかかわらず、「時の壁」に阻まれると責任を問えなくなるためだ。世論を喚起しようと1月に始めた署名運動には、これまでに約6万筆が集まっている。(林麟太郎)

「勇気を出して裁判を起こしても時の壁に直面する。こうした状況が続けば、被害者はより声を上げづらくなってしまう」。中学生の時に男性教員から性暴力を受けた東京都の写真家石田郁子さん(47)は、こう嘆く。
当時は教員がわいせつ行為をするという発想がなく、被害を認識できたのは37歳。2016年に後遺症として心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症し、教員らに賠償を求めて19年、東京地裁に提訴した。被害から二十数年がたっていた。石田さんの場合は、不法行為から20年で賠償請求権が消滅する「除斥期間」が経過したとして1審で敗訴。2審・東京高裁は性被害を認定したものの、1審と同様の理由で請求を退けた。
石田さんは「性犯罪は被害申告まで時間がかかることが多い。除斥期間にしろ、時効にしろ、時間の経過で裁判の土俵に上がることすら難しくなるのはおかしい」と指摘。「時効については撤廃するか、せめて延長すべきだろう」と話す。

内閣府が20年に男女5000人に行った調査では、「無理やり性交などをされた経験がある」と答えた142人のうち、約6割が「どこにも相談しなかった」と回答。相談した人の中でも、約1割は10年以上の期間を要したという。
こうした実態などを踏まえ、性犯罪の成立要件が見直された23年成立の改正刑法では、刑事上の時効を5年延長。不同意性交罪は15年、不同意わいせつ罪は12年となった。被害者が未成年の場合は、18歳になるまでの期間が加算される。
一方、不法行為の時効を「損害を知ってから3年」と定める民法に関しては議論が停滞している。性被害を含めた生命、身体を害する行為には「10年」に延長する案も法制審議会(法相の諮問機関)で話し合われたが、証拠の散逸などへの懸念から「5年」に落ち着いた。除斥期間は20年施行の改正民法でなくなったが、「加害行為から20年で時効となる」との規定が定められている。
未成年者への特段の措置はなく、その後も改正を望む声は根強いものの、具体的な動きには至らなかった。このため、被害者や弁護士ら有志約10人が昨春、子どもの性被害を巡る民事訴訟での時効見直しを求める活動を開始。旧ジャニーズ事務所創業者のジャニー喜多川氏(19年死去)から被害を受けた当事者も参加し、今年1月には署名運動を始めた。
参加する元所属タレントの中村一也さん(37)は、15歳の時に喜多川氏から性被害を受けたといい、「当時は事態の深刻さを判断する能力も、周囲に告白する勇気もなかった。被害者の心は長い時をかけて変わる」と強調する。

活動の共同代表を務める川上資人(よしひと)弁護士によると、ドイツの民法では被害者が21歳になるまで時効が停止するなど、海外では子どもの性被害への対応が進んでいる。川上弁護士は「活動を通じて国内の議論を活発化させたい」と話す。
既に6万人超の署名が集まっており、5月中にも衆参両議院の議長に提出し、議員立法による特別法の成立を目指すという。
松本克美・立命館大特任教授(民法)は「被害を訴えにくい子ども時代の性暴力について、『時効があるから裁判をしても無駄だ』と思わせてしまうのは、二次被害を引き起こしているようなものだ。時効停止など新しい枠組みを真摯(しんし)に検討する必要がある」と話す。
20歳未満 不同意性交 認知7割増1945件…昨年

警察庁によると、2024年に20歳未満が被害を受けた不同意性交事件の認知件数は1945件で、前年から約7割増加。小学生以下の被害は246件、中学生は925件だった。不同意わいせつ事件では、20歳未満の被害計3128件のうち小学生以下は約3割を占めた。
性犯罪では、強制性交から不同意性交に罪名変更された改正刑法が23年7月に施行。処罰要件も明確化されたことで被害申告しやすくなり、認知件数の増加につながったとみられる。