自民が推進”独身税”が日本崩壊を加速させる理由

いわゆる“独身税”が強い反発を呼んでいる。
【画像で見る】独身税の負担額は?高年収だと、年間数万円になる計算だ…
三原じゅん子内閣府特命担当大臣は最近、SNSなどでたびたび批判の声が上がっていることについて、「『子ども・子育て支援金制度』のことで捉えて発言されていると考えますけれども、これを『独身税』と言い換えることも間違っている」と反論した。
「『子ども・子育て支援金制度』によってメリットを享受するのは、子どもを持ち、子育てをしている方だけではなくて、独身の方もそうですし、すでに子育てを終わられた方も含めたすべての世代であるということが言える」と弁明し、かえって火に油を注ぐ結果となった。
子ども・子育て支援金制度が“独身税”として炎上
“独身税”とは、2026年4月から導入される「子ども・子育て支援金制度」のことで、SNSなどでは昨年末頃から「なぜ子どもがいない独身者も負担しないといけないのか」「まるで独身税ではないか」という反発が上がっており、批判的な投稿には数百万のインプレッションが付くものがあるほどだ。
炎上する理由は簡単だ。そもそもこれまで行われてきた施策の大半が子育て支援であり、少子化の根本の問題である経済状況にほとんど手が付けられていないからだ。
急激な少子化の進行には、「失われた30年」における実質賃金の低迷が関係しており、それが結婚の減少→出産の減少→子どもの減少という負のスパイラルにつながっている。
経済学者の藤波匠は、国内外のさまざまなデータを示したうえで、「日本では、バブル崩壊以降の長期にわたる低成長が若い世代の暮らしぶりを悪化させ、少子化に拍車をかけたと考えるべき」と指摘し、現金給付や社会保障ですべてを解決することは難しく、適度な経済成長と安定的な賃金の上昇が何よりも重要とした(『なぜ少子化は止められないのか』日本経済新聞出版社)。
そのうえで「30年にわたって低成長に有効な手を打てなかった歴代政権や、抑制的な賃金水準で良しとしてきた国内事業者の責任は免れない」「人手不足であれば賃金が上昇するという当たり前のことを、官民が否定し続けてきたことに主因がある」と厳しい見方をしている。
つまり、子育て環境とか若者の意識とかが直接的な要因ではない。収入がないから結婚ができず、子どもも生めないという単純な話なのだ。
「収奪的な社会」に向かいつつある
『成長の臨界』(慶應義塾大学出版会)で、長期停滞の元凶が、収益を上げてもため込み、実質賃金の引き上げも人的資本投資にも消極的な大企業であることを明らかにした経済学者の河野龍太郎は、日本の場合、実質賃金が上がらないのは生産性の問題ではないと主張した(以下、『日本経済の死角 収奪的システムを解き明かす』ちくま新書)。
河野は、四半世紀にわたって実質賃金がまったく上がっていない国は、近代以降、先進国では前例がないと述べ、「過去四半世紀、生産性が3割も改善しているにもかかわらず、実質賃金がまったく増加していない」「その結果、個人消費が低迷を続け、国内での売り上げが増えないために、企業は採算が取れず、国内の設備投資を抑えている」とそのカラクリを説明した。
この間、増大したのは非正規雇用と利益剰余金であり、河野は、日本が「収奪的な社会」に向かいつつあるとの懸念を示している。
にもかかわらず、政府は2014年と2019年に消費増税を行い、ただでさえ低い所得から「収奪」を進めた。要するに、わたしたちは、企業と国家というエージェントから「二重に収奪」されてきたといえる。
現在はなおのことこの状況が悪化の一途をたどっており、物価高騰や円安に伴って収入の上昇が物価の上昇にまるで追い付かず、実質所得の減少による購買力の低下が進んでいる。
もはや結婚どころではなく、今の生活をどのように維持していくのかが目下最大の関心事になっている。
こども家庭庁のちぐはぐな政策
けれども、特にこども家庭庁の取り組みに典型的なように、「マッチングアプリ」の安全性確保や、婚活支援策を効果検証する枠組み構築などを立案したり、性や妊娠に関する正しい知識を身につけて健康管理に生かす「プレコンセプションケア」を普及するため、5万人のサポーターを養成する計画を立ち上げるなど、ちぐはぐな政策を進めている印象がある。
要するに、そもそもの根本原因である経済状況の困難には目もくれず、男女の出会いの機会を効率的に増やすことや、性や妊娠についてポジティブな考え方を広めることなどの意識改革によって、どうやら成婚数の底上げを図ることができ、少子化に歯止めがかかると思っているようなのだ。
こども家庭庁によれば、児童手当の拡充をはじめとする給付の財源の一部にあてられる「子ども・子育て支援金」の2028年度負担額の目安は、年収400万円の会社員・公務員で月額650円、自営業で550円、年収600万円の会社員・公務員で月額1000円、自営業で800円などとなっている。
すでに子育てを終えた人や子どもをつくる予定のない人にとっては、単に取られる一方で負担が増す制度となっているのだ。
このような仕組みについて「子育て支援税」という名称がふさわしいという意見も出ているほどで、将来的にはさらなる値上げの可能性も否定できないだろう。
「所帯を持つのが当たり前」という価値観
そもそも税制において独身者が損をしていることは事実といえる面がある。
独身者と既婚者で適用される所得控除が異なり、既婚者のほうが適用される所得控除が多いからだ。これが実質的に独身税の役割を果たしていると指摘する専門家もいる。そして、この税制の正当性を支えているのは、「所帯を持つのが当たり前」という価値観なのだ。
もともと日本では近代社会が始まった時点から、「国民皆婚」による家族形成が当然とされ、諸制度はそれを支えるつくりになっていた。例えば、今から40年以上前の1980年の生涯未婚率は、男性が2.60%、女性が4.45%という今では考えられない驚くべき数字であった(国立社会保障・人口問題研究所の国勢調査)。現代のようにライフスタイルが多様化している時代には馴染まないのだ。
前出の藤波は、「増税や社会保険料の引き上げによって子育て支援のための財源を確保しようとすれば、同じ若年層でも、子どもを持たない、あるいは子どもができない人たちにとって、負担増となる可能性がある」とし、あくまで賃金の引き上げなど経済環境の改善を図りながら、時間をかけて増税に対する理解を得る必要性を強調している。
月額で見れば大した金額ではないという人もいるかもしれない。だがちょっと待ってほしい。深刻な経済状況が続く中で、通信費やサブスクの見直しなど、家計負担を少しでも軽くしようと皆が皆躍起になっており、複数の小売店をはしごして20円でも30円でも安いものを探す人も多い。
2000円代で市場に放出された備蓄米の大行列は、「食べ物も満足に買えないほど貧しくなった日本」を象徴して余りある風景であった。
前回の記事でも述べたが、自民党の参院選公約である2万円の給付が、子ども・住民税非課税世帯に2万円を加算することによって、日々の労働に疲れ果て困窮している現役世代の反感を買うのと同様に、「負担」と「取り分」をめぐる不公平感を増すだけなのだ(石破政権「2万円バラまき」が現役世代舐めてるワケ)。
「負担」に見合う「取り分」がない
そして、もっと深刻なのは意識上の影響だろう。

とりわけ未婚者は、不本意なまま現在の社会経済状況に適応してサバイバルしているようなところがある。しかし、企業と国家による「二重の収奪」が続き、来年からは「子ども・子育て支援金」という「負担」が課される。
しかも、未来永劫においてそれに見合う「取り分」が得られる可能性がほぼない(もう家族を持つことは諦めている!)。これが“独身税”と名指しされることの本質なのである。
さきごろ2024年に生まれた子どもの数が初めて70万人を割り、出生率も1.15と過去最低を更新したことを厚生労働省が公表したが、明るい展望が描けない「収奪的な社会」が温存され、多様性に配慮しない「負担」ばかりが増せば、今後若い世代がますます結婚をしなくなることが予想される。
そもそも独身時代に負担が増えれば、結婚への意欲が減退することは容易に想像できるはずだ。また、こども家庭庁が莫大な予算を持つことも、国民の反感を買うだけであり、「こども家庭庁をなくせば財源確保できる」といった意見を生むことにつながっている。
“独身税”というパワーワードが21世紀の日本で浮上したことの意味はあまりにも重い。いたずらに国民間の分断をあおり、むしろ社会の崩壊の速度を速めることになった政策の一つであったと後年、語り継がれることになるのではないのだろうか。
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真鍋 厚:評論家、著述家