国際世論と犯情の狭間で… 9人殺害の座間事件、2年11カ月の空白経て死刑執行

今年6月、神奈川県座間市で男女9人を殺害したとして殺人罪などに問われ、死刑が確定した男の刑が執行された。死刑制度には賛否があり、執行があるたびに議論が起きるが、死刑廃止という国際的な潮流の一方、多くの命を奪うなどの凶悪事件に極刑をもって臨むことを「やむを得ない」とする声は依然として多い。凶悪かつ身勝手そのものといえる座間事件の死刑執行は、そんな日本の現実を改めて浮き彫りにしたといえる。
厳しい表情
「本日、死刑を執行いたしました」
6月27日午前10時半過ぎ、東京・霞が関の法務省19階で臨時会見に臨んだ鈴木馨祐法相は硬い表情でこう述べた。執行命令書にサインした日時とその際の心情を問われたが「(サインしたのは)23日」などと述べるにとどめ、思いへの言及は避けた。
死刑執行は、令和4年7月に秋葉原通り魔事件(平成20年)の加藤智大元死刑囚の刑が執行されて以来、2年11カ月ぶり。残る死刑囚は105人となった。
昨年11月の第2次石破内閣発足で初入閣した鈴木法相にとって、命令書にサインするという重い職責をかみしめるのは当然、初めての経験。執行直後の大臣の緊張感は、記者席にもひしひしと伝わってきた。
「9人」驚愕の一報
座間事件が発覚したのは、平成29年10月31日のことだった。
午後4時ごろ、座間市内の2階建てアパートの一室へと踏み込んだ警視庁の刑事らは、あまりにも異様な光景に一瞬息をのんだという。異臭が漂う部屋の玄関にはクーラーボックスが1箱置かれ、中に切断された2つの頭部が無造作に入れられていたからだ。遺体は次々と発見され、その数は9人に及んだ。
当時、記者は産経新聞横浜総局で、後輩らと編集作業に当たっていた。発見から間もなく驚愕(きょうがく)の一報が舞い込み、「切断遺体?」「9人も?」と戦慄が走ったが、当初はどんな事件なのか、皆目見当がつかなかった。
だが捜査の結果、当時15~26歳の女性8人と男性1人の切断された頭部と骨が保管されていたこの猟奇的事件は、白石隆浩元死刑囚=執行当時(34)=の性的欲求や金銭的欲求を満たすための、理不尽極まりない犯行だったと判明する。
事件では、SNS(交流サイト)に自殺願望を書き込み被害者をおびき寄せるという計画的な手口が、インターネットに潜む危険性を改めて浮かび上がらせた。
また、被害者9人のうち3人は神奈川県在住であり、被害者2人の携帯電話が同川県藤沢市の小田急江ノ島線片瀬江ノ島駅周辺で拾得物として見つかっていたことが明らかになるなど、「地元での凶行」を見逃した神奈川県警の〝当事者能力〟に疑問符が付けられた。
83%「やむを得ず」
臨時会見では、「(昨年10月、静岡一家4人殺害事件を巡り確定した)袴田(巌)さんの再審無罪など死刑制度の見直しが求められる中、この時期に執行した理由は」「(昨年10月の)世論調査で(死刑制度は)廃止すべきとの意見が(16・5%と)これまでで最も高くなっているが」「国際社会からの批判の高まりについて」などの質問が相次いだ。
これに対し鈴木法相は「慎重な検討を経た上で、死刑執行命令を発した」「世論調査では、83・1%が極めて悪質、凶悪な犯罪は死刑もやむを得ないとしている」「諸外国の動向は参考にするが、(死刑制度の是非は)国民感情や犯罪情勢などを踏まえ、それぞれの国で独自に決定すべきもの」などと、言葉を選びつつ振り返った。
「加害者が生き続ける不条理」
法務省が死刑執行について公表を始めた平成10年11月以降、最も執行を命じた数が多かった法相は上川陽子氏で、2度の在任中に計16人の執行を命じている。
過去には「サインはしない」として死刑執行を拒否した法相もいたが、拒否は法相の職務を放棄する行為と批判する意見もある。白石元死刑囚の執行は、刑の確定から4年5カ月かかった。確定から執行までの平均期間は9年6カ月に上る。
法務・検察関係者は「刑事訴訟法第475条2項では、判決の確定から6カ月以内に死刑を執行するよう定めている。白石元死刑囚のケースが早すぎるとはいえないと思う」と語る。
今回の執行を受けて、日弁連は渕上玲子会長名で「本日、死刑が執行されたことは、大変遺憾」とする抗議声明を公表。他方で米田龍玄弁護士ら遺族代理人は都内で会見し、死刑制度の必要性を力説。遺族の多くが「愛する人はこの世にいないのに、加害者が生き続ける不条理に怒っている」と強調した。
刑事訴訟法は第477条で、死刑執行に検察官の立ち会いを義務付けている。1審で死刑判決が出た事件の捜査に携わった経験を持つ元検察幹部は「被害者遺族の姿や気持ちを考えれば、死刑制度は絶対に必要」とした上で「執行に立ち会ったことはないが、経験がある元同僚が『公判が厳格に行われたことに疑いはないものの、捜査にも裁判にも直接タッチしていない立場では、言葉で表現できない感情がある』と話していたことを覚えている」と回想した。
法務省OBは「死刑で誰も幸せにはならないのは確かだが、死刑適用やむなしという凶悪事件を根絶やしにすることは不可能だろう。理想論だけでは絶対に結論が出ない問題だ」と、苦しい胸の内を語った。(大島真生)