「自分は被害に遭う寸前で立ち止まることができたが、もしあのまま進んでしまっていたら、と思えば、背筋が寒くなる」。鳥取市の会社員男性(40)が8月上旬、怒りをこらえ、特殊詐欺の危険性を訴えた。とつとつと語った当時の状況からは、誰でも被害に遭いかねない巧妙な詐欺の実態が見えてきた。(藤川泰輝)
「多発する詐欺被害を減らすことにつながるなら」と、鳥取県警生活安全企画課に紹介され、県警本部で約40分間、話を伺うことができた。
男性が被害に遭いかけたのは今年1月上旬。普段通り出勤した日の昼休み、職場から車で買い物に行ったとき、電話が鳴った。表示された番号は末尾が「110」。「警察かな、何かしたっけ」と男性は首をかしげつつ車を止めた。
「広島県警です」。電話に出ると、いきなり告げられた。親族が広島に住んでいたことと結びついた。「○○さんで間違いないですか」と問われるのに応じると、男は淡々と切り出した。「逮捕した人間が色々なキャッシュカードを使って詐欺を行っており、その中にあなたのカードがあった」。さらに問いかけてきた。「ネット銀行のカードを作ったことはありますか」
「作っていない」と答えると、「あなたのカードが何百万円ものマネーロンダリングに使われている」と指摘された。「自分の名義を使用し、他人が作ったのだろうか」。男は「共犯の疑いがかかっている。身の潔白を証明するために広島へ来てほしい。協力してもらえなければ逮捕状を出す」と責めたてた。
男性は妻と小さな子2人の4人で暮らす。「家族に迷惑をかけることになる。早く疑いを晴らさねば」。不安な気持ちになったが、仕事を抜け出すのは難しい。すると、男は「オンラインで取り調べをする」と伝えてきた。なぜか安堵(あんど)を覚え、不審を感じることなく取り調べに臨んだ。
伝えられたLINEのIDを検索し、広島県警本部の写真などが設定されたアカウントを追加。男性は「今思えば怪しかったが、当時は家族のことだけが頭にあって、考えられなかった」と振り返る。
男は警察手帳のようなものを見せ、「本人確認をするので免許証の写真を送ってほしい」と求めた。男性が応じ、再びビデオ電話をつなぐと「取り調べ」が始まった。始めに聞かれたのは家族構成。次いで生年月日を聞かれた後、「家に居ない時間はいつか」「家に金品があるか」「口座番号は」と質問が続いた。
そこで不審に思った。10分ほどの取り調べを終え、すぐに鳥取、広島県警に電話すると詐欺を指摘された。男性は事前に気付くことができ、被害には遭わなかったが、「家族構成や免許証などは知られてしまった」と肩を落とした。4か月ほど寝付けず、電話が来る度に不安な気持ちになったという。
「こちらを不安にさせるしゃべり方で、追い込むのがうまい。手口を知らずに電話に出れば誰でもひっかかってしまう。私は幸いにも被害は免れたが、ざらりとした後味の悪さが消えない。被害に遭った人はこの比ではないだろう」と被害者の心情をおもんぱかった。