ニホンカワウソは、愛らしい姿で愛媛県の県獣として長年親しまれてきた。環境省はレッドリストで絶滅種に指定しているが、愛媛県では生息状況などを元にした県独自の判断で、絶滅危惧種にとどめてきた。 しかし、愛媛県内での最後の生息確認から今年で50年。最近は目撃情報もほとんどない。ニホンカワウソはどこへ行ったのか。どこかで生き残っていて―。祈る地元住民ら。絶滅の判断を巡り、行政や専門家の思惑が交錯する中、ニホンカワウソの現状を追った。(共同通信=英佳那)
愛媛県内で最後にニホンカワウソが見つかった愛媛県宇和島市の九島=9月
▽2012年に絶滅種に ニホンカワウソは、海や川の岸に巣穴を掘って生息する。かつては国内に広く分布していたが、明治時代以降の水質汚染や乱獲などで激減した。愛媛県では新聞報道で情報提供が呼びかけられたことなどから、1950年代からカワウソの発見が相次いだ。捕獲した個体は動物園で展示したり、御荘町(現愛南町)に「カワウソ村」と称した飼育施設を開設したりしてきた。 だが、それでも漁網に掛かって死んでしまったり、護岸工事ですみかが失われたりしてカワウソの個体数は減少した。1975年に宇和島市で確認されたのを最後に、確実な生息確認はされていない。その後も目撃情報は寄せられたが、特定には至らなかった。 県総合科学博物館の小林真吾学芸員は「海や川での人間の行動域が昔と変わってきている。そのため見かける人も減ったのではないか」と推測する。 環境省は「人目に付かないまま生息し続けているとは考えにくい」として、2012年に絶滅種に指定した。
◎ニホンカワウソ イタチ科で夜行性の肉食動物。かつてカワウソの毛皮は襟巻きに、肝臓は結核の特効薬としても重宝されてきたという。愛媛県は1964年に県獣に指定、翌年には国が特別天然記念物に指定した。徳島県で1977年にひかれた死がいが見つかり、1979年に高知県須崎市で生きた姿で目撃されており、愛媛県に加え、両県も絶滅危惧種にとどめている。
愛媛県内で最後にニホンカワウソを見つけた場所を示す水田亮さん=9月、愛媛県宇和島市九島
▽「もうおらんだろう」 「畑の作業場に行ったら、変なものが通りよった」 宇和島市の九島に住む水田亮さん(90)は愛媛県の「最後の目撃者」だ。1975年4月6日午前8時ごろ。一緒に作業していた義理の弟と、のこのこと歩く「見慣れない動物」を見つけ、かごで捕まえた。アジを与えるとよく食べたという。だが県の教育事務所に連絡すると「天然記念物だからすぐに逃がしなさい」と指示があり、かごに戻るとすでに死んでいた。 水田さんはそのときに初めてニホンカワウソを見たといい「ネコやイタチとも違う、珍しいもんがおるなと思って驚いた」と振り返る。その後、死体は教育事務所に届けられ、今もなお標本として残っている。 一方、水田さんは周囲からカワウソはいると聞かされてきた。子どものころには「カワウソに化かされるから夜は早く帰るように」と言われたこともあった。夜に船で寝ていると「ジャボン」と海に何かが飛び込む音を聞いたり、魚を食べた跡が残っているのを見たりした人もいるという。 だが、周辺は護岸工事が進み、コンクリートで埋め立てられた。「これだけ開発が進めばすむ場所もなく、もうおらんだろう。おったもんがおらんくなるのは残念だ」
愛媛県内で最後にニホンカワウソを見つけた水田亮さん=9月、愛媛県宇和島市九島
▽「探し続ける」 今でも個人的に調査を続ける人がいる。10月上旬、愛媛県西予市のとある海岸。生い茂ったやぶの中、動物が通れるくらいの空間に仕掛けたカメラには、イノシシやタヌキが写っていた。「これはハクビシンですね。鼻筋が白いでしょう」。旧県立博物館の学芸員で、現在は愛光学園文化会館の館長を務める千葉昇さん(67)はカメラに写った映像を見ながらそう説明してくれた。 元々の専門は「二枚貝の化石」。だが、30年以上前にカワウソに魅せられ、調査研究を始めた。足跡やふんなどの痕跡を調べてきたが、6年前からカワウソがいそうな場所にセンサーカメラを設置。今でも2、3カ月に1回程度、カメラにカワウソが映り込んでいないか確認しに行ったり、痕跡を探したりしている。「(カワウソが)いると思っていないとここまでやれない」と苦笑する。 カワウソの魅力について問うと「やっぱりしぐさがかわいいところですかね」。千葉さんのパソコンのデスクトップには、カワウソの写真が飾られていた。「カワウソを調べている人は少ないからこそ、いるかいないか調べるのはまるで宝探しのようで面白い。県で絶滅種に指定されても身体が動き続ける限りは探し続けたい」と力を込める。
仕掛けたカメラに写っていた動物と千葉昇さん=10月、愛媛県西予市
▽トキとは異なる事情 コウノトリやトキのように、環境省のレッドリストで「野生絶滅」とされた種も保全努力によって個体数を増やしてきた事例もある。高知大の研究グループは今年、長崎県・対馬で野生のカワウソが生息しており、採取したふんからユーラシアカワウソのDNAを検出したと発表していた。 カワウソの再導入は難しいのか―。カワウソを探し続けている千葉昇さんによると、ニホンカワウソとユーラシアカワウソを巡っては、両者が亜種なのか、独立した種なのかについて研究者の間で議論の余地があるという。 そのため千葉さんは「再導入は難しいだろう」と推測する。トキは中国の個体でも同種だったため再導入できたが、「ニホンカワウソの場合はまず種の見極めが重要になる」と話す。
ニホンカワウソがいそうな場所を双眼鏡で調べる千葉昇さん=10月、愛媛県西予市
▽「最新の調査を」 愛媛県のレッドリストで絶滅種に指定する際、ニホンカワウソの場合は生息可能性のある場所の調査結果を踏まえ専門家が判断する。最後の発見から50年となる中、県が設置した有識者部会の専門家が動き出した。 今年7月、県のレッドリスト改訂に向けた部会で、生息調査の在り方が協議された。これまで県は赤外線のセンサーカメラを使った調査を続けてきたが、今後は河川や土に含まれる生物のふんなどの遺伝情報「環境DNA」を読み取る最新手法の導入を求める意見が上がった。 県は部会の結論を受け、調査費の予算化を視野に入れている。最新手法を提案した、部会員でNPO法人理事長の山本貴仁さんはこう話す。「国の判断は早すぎた。もっと調査を尽くしてから絶滅したかどうかを判断したい」
ニホンカワウソについて取材に応じるNPO法人理事長の山本貴仁さん=8月、愛媛県西条市
▽カモシカは絶滅、一転目撃情報 同じ哺乳類のニホンカモシカについて、県は確実な生息記録から50年以上情報がないとして、県内で絶滅したと判断していた。だが近年、目撃情報が寄せられ、2020年には絶滅危惧種に区分を変更した。ニホンカワウソも絶滅種と判断されることで注目度が上がり、目撃情報が増加するかもしれない、とする見方もある。 かっぱ伝説や愛南町、高知県須崎市のキャラクターのモチーフになるなど幅広く愛されてきたカワウソ。 県の有識者部会の総括を担当する松井宏光・松山東雲短大名誉教授(生態学)は「生息の可能性は低いだろう」と推測する一方、人口減少で以前の自然環境が戻りつつあるエリアもあるとして「そうした場所で生き残っていてほしい」と強調した。