自民党と日本維新の会は、食料・農業について、次のとおり合意した。20日に両党が交わした「連立政権合意文書」より抜粋する。
飲食料品については、2年間に限り消費税の対象としないことも視野に、法制化につき検討を行う。
食料の安定供給確保が、国民の生存に不可欠であることの認識を共有し、全ての田畑を有効活用する環境を整え、厳しい気候に耐え得る施設型食料生産設備(いわゆる植物工場および陸上養殖など)への大型投資を実現する。
何かおかしくないか?
今、国民消費者を最も苦しめているコメ問題について完全にスルーしているのだ。これで物価問題を解決するというのだろうか?
また、植物工場は、食料・農業問題について全く知識のない高市氏が面白いと思って飛びついただけのもので、商業生産できるのはせいぜいベビーリーフなどの葉物が主で、カロリー供給の中心となり食料安全保障上重要な穀物の生産は高価な人工光を大量に投下しなければならず不可能なのだ。陸上養殖も設備投資やランニング費用がかかりすぎるという問題がある。
消費税については、“逆進性”が問題とされてきた。所得の低い人も高い人も、生きていくためには、飲食料品を消費しなければならない。飲食料品は必需品の最たるものである。
しかも、胃袋は同じ大きさなので、飲食料品の消費量は、所得の低い人も高い人も大きくは変わらない。所得の高い人は、食べる量が同じであっても、贅沢な食材を使ったり、高級レストランに通ったりするかもしれない。しかし、可処分所得が高いので、それに占める飲食料品支出の割合は、貧しい人に比べ、少ない。
つまり、所得に応じて累進的に税率が高くなる所得税に比べ、所得の低い人も高い人も、同じように飲食料品などの必需品には支出するので、飲食料品の価格を消費税で高めれば、所得の低い人の負担がより高いことが問題とされてきた。これが逆進性の議論である。
しかし、飲食料品の価格を高くすることによる逆進性は、消費税だけの問題ではない。農政の逆進性の方がはるかに重大なのだ。
消費税の対象は飲食料品すべてである。これには主食であるコメなどの必需品だけでなく、キャビアや高級ワインなど所得の高い人が購入する奢侈品も含まれている。奢侈品について消費税を課しても逆進性の問題があるという人はいない。貧しい人は買わないからだ。必需品より奢侈品の方が単価は高い。飲食料品の消費税をゼロにすれば所得の高い人の負担が軽減されるだけでなく、貧しい人のための政策に必要な税収も失われる。
これに対して、農政の対象は飲食料品すべてではなく、国内農業で政治的に重要な農産物に限られる。具体的には、コメ、小麦、牛乳・乳製品、豚肉、牛肉、砂糖だ。これらは、TPP交渉で関税撤廃の例外とし、それができなければ交渉から離脱すべきだと、衆参の農林水産委員会で決議された品目である。
これらは国内農業上重要なだけでなく、ほとんどの国民が購入する必需品である。農政は、国内農業保護のために、これら農産物の価格を、関税や減反で高くして、消費者に負担させてきた。日本の農業保護は欧米に比べて著しく高いが、その7~8割はこれらの品目について消費者が負担している高い価格である。
つまり、消費者は高い価格を払うことで農家に所得移転しているのだ。農家は貧しくない。畜産農家のかなりは2000万円ほどの所得がある。また、最近の高米価で、50ヘクタール規模のコメ農家の年間所得は1億円にも達する。貧しい消費者が高いコメを買うことで裕福な農家の所得を賄っている。これは格差拡大政策だ。
国内農業が生産しているものでも、これ以外の野菜、果物、卵、鶏肉については、政府が価格を高めて保護するということはない。また、国民の多くが消費する輸入品についても、キャビアや高級ワインなどはもちろん、バナナ、キウイ、トウモロコシ、大豆なども政策で高価格にしているのではない。
消費税の場合は飲食料品全てが対象となるのに対して、農政はコメなど必需品の価格を高めているのであり、逆進性は極めて高い。
アメリカは、60年以上も前から、高い価格(消費者負担)ではなく財政からの直接支払いで農業を保護する政策に切り替えている。こうして安い価格を実現した上、農業予算の3倍を低所得者向けの食費補助に充てている。
EUも1993年に価格支持から直接支払いに大きく舵を切った。かつては日本と同じく消費者負担型の農政だったが、今では、農業保護に占める価格支持の割合は2割以下だ。
これに対して、日本では、例えば、消費量の14%に過ぎない国産小麦の高い価格を守るために、86%の外国産麦についても100%近い課徴金を課して、輸入価格の倍の値段で製粉企業に売り渡し、消費者に高いパンやうどんを買わせている。
食料自給率の低い日本の場合、小麦のように、消費者は国産麦だけではなく輸入している外国産麦にも高い価格を払っているので、消費者負担は大きい。
この農業保護による消費者負担は、2~3%の消費税に相当する。国内農産物価格と国際価格との差を直接支払いで補填するだけで、消費者にとっては、国内産だけでなく外国産農産物の消費者負担までなくなるという大きなメリットが生じる。
コメの場合は、関税で国内市場を輸入米から隔離しているうえ、減反政策によって、農家に補助金を与えてコメ生産を減少させ、市場で決まる価格より米価を高くしている。消費者の負担を軽減するためには、これを廃止しなければならない。
米価が低下して影響を受ける主業農家に対しては、アメリカやEUのように政府から直接支払いを交付すればよい。零細な兼業農家がコメ生産をやめて農地が主業農家に集積すれば、主業農家のコストが低下し収益が上がるので、農地の出し手である元兼業農家が受け取る地代収入も増加する。
消費者は減反廃止で米価が下がるうえ、上記の構造改革でさらに米価が下がるという利益を受ける。既に日本米と競合するカリフォルニア米の価格差は大きく縮小し、逆転する年もある。減反廃止による米価低下で日本米の方がカリフォルニア米よりも安くなる。コメの作付面積の増加と減反で抑えられてきた単収の増加によって、1000万トンのコメを輸出すれば、これだけで小麦、大豆、トウモロコシ等の輸入に払っている1兆5000億円の輸入代金を上回る2兆円を稼ぐことができる。穀物の貿易収支は黒字化する。
国民は納税者として、減反補助金3500億円、米価維持のために毎年20万トン市場からコメを買い入れ隔離している備蓄政策に要する500億円、あわせて4000億円の負担が軽減される。主業農家への直接支払いは1500億円もあれば十分である。
ところが、国民経済的には極めてまっとうな政策が、JA農協という既得権者の反対によって実現できない。
日本維新の会は減反廃止を掲げてきた。しかし、連立を組むために自民党農政のコアである減反・高米価政策に手を触れられないと考えたのか、これまでの主張を撤回してしまったようだ。都市型政党としての役割放棄である。何度も減反廃止と直接支払いという農政改革の重要性を彼らにレクしていたのに残念である。次の選挙で、大阪などの有権者から見放されるかもしれないという懸念はないのだろうか?
他方、既得権者の利益を守りたい自民党では、総裁選挙に出た候補者も、新しい鈴木憲和農水大臣も、全て“需要に応じた生産”を主張する。なんとなくもっともらしいが、この意味するところは減反維持である。
次の図表3が示すように、どれだけの生産を行っても、需要=生産である。常に、“需要に応じた生産”なのだ。500万トンでも700万トンでも1000万トンでも需要と生産は一致する。変化しているのは、価格である。つまり、市場では、価格が変動することで、常に需要=生産を達成するのだ。
では、自民党農政が言う“需要に応じた生産”とは何なのか? 特定の望ましい価格(従来は玄米60キログラム当たり1万5000円)に対応する需要量(図表3では700万トン)に合うように、本来1000万トン生産できるコメを減産するということなのだ。これこそ減反に他ならない。
農水省は、来年産のコメの生産を今年産から5%減少するよう指示する。国が生産目標数量の配分を行わない(減反を廃止する)と言いながら、実際には減反(減産指示)を行っているのだ。
鈴木大臣は、「農政は価格にコミットしない」と言うが、それは価格を下げることには関与しないということで、価格を減反強化で引き上げることには、これまでと同様コミットするのだ。農政の目には消費者は写らないらしい。このままでは、コメの値段が5キロ4000円を切ることはない。
かれらは、国民のために仕事をしているのではない。高米価で零細兼業農家を維持し、その兼業所得を預金としてウォールストリートで運用するJA農協のために働いているのだ。
JA農協のリーダーの人たちは、軽々に「農は国の本なり」と言う。しかし、これを言うことで予算を増やしたいと思っているだけで、この言葉の真の意味を分かっていない。
新大臣の先輩に、戦前農林大臣を2回も務めた石黒忠篤がいる。農本主義者と言われた石黒は、1940年農林大臣として1万5000人の農民との対話集会で食料増産を懇請する。
「農は国の本なりということは、決して農業の利益のみを主張する思想ではない。所謂農本主義と世間からいわれて居る吾々の理想は、そういう利己的の考えではない。国の本なるが故に農業を貴しとするのである。国の本たらざる農業は一顧の価値もないのである。私は世間から農本主義者と呼ばれて居るが故に、この機会において諸君に、真に国の本たる農民になって戴きたい、こういうことを強請するのである」
石黒が言う国の本たる農業とは国民に食料を安く安定的に供給するという責務を果たす農業だった。国民に高い米価を押し付けて、「下げないよ」という農業や農政ではなかった。新大臣には、真の農本主義に目覚めてもらいたい。
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(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 山下 一仁)