近年、政治家の会見で頻発する言葉。形式上は質問に答えているようで、実質的には何も明らかにしない「説明しない説明」が定着している。
その代表例が、2025年11月に相次いだ二つの会見、静岡県伊東市の前市長・田久保真紀氏と、兵庫県の斎藤元彦知事の発言である。
記者「意思の部分を聞いている」田久保氏「それは詭弁」
伊東市の前市長・田久保氏は2025年11月19日、12月14日に行われる市長選に出馬する意向を示した。
田久保氏は、東洋大学を除籍されていたにもかかわらず、市の広報誌などに「東洋大学法学部卒業」と記載していたとして、学歴詐称問題で二度の不信任決議を受け、10月末に失職している。
出馬表明の会見中、記者が卒業証書を警察に提出する意思を尋ねたところ、田久保氏はこう答えた。
記者が「捜査状況に関わる問題ではなく(田久保氏の)意思の部分を聞いている」と追及すると、「それは詭弁であると思います」と返答した。
さらに田久保氏はこう続けている。
詭弁とは「間違っていることを、正しいと思わせるようにしむけた議論。道理に合わない弁論」(大辞林)のこと。この場面で詭弁を弄しているのはどちらだったのだろうか。
さらに、東洋大学は公式サイトで「卒業していない者に卒業証書を発行することはありません」と声明を出しているにもかかわらず、田久保氏は証書提出を「私の意思で決められない」と述べているのだ。
「ご批判は真摯に受け止め」るだけの斎藤知事
兵庫県の斎藤元彦知事も、同じような説明回避話法を使っている。
2025年11月11日の定例記者会見で、元兵庫県議・竹内英明氏への名誉棄損容疑で逮捕された「NHKから国民を守る党」党首・立花孝志容疑者との関係を問われ、斎藤知事はこう述べた。
立花容疑者は、2024年の兵庫県知事選で斎藤氏の当選を目指し、「二馬力選挙」と称して街頭演説で「斎藤知事のパワハラはなかった」と主張、応援活動を行っていた人物である。
この県知事選は斎藤知事や幹部職員らが「違法行為をしている」と、元県幹部が内部告発などを背景に行われた出直し選挙だった。
斎藤知事が再選を果たした後も、立花氏は百条委員会の委員だった竹内元県議に対してSNSなどで誹謗中傷を繰り返していた。
記者が立花容疑者との関係性を尋ねると、斎藤知事は「今、捜査中であることから詳細なコメントは差し控えたい」「他の候補がどういう行動をしていたか、認識や留意はしていない」と述べた。
その後、記者から「テンプレートのような回答が増えている」と指摘されると、「ご批判は真摯に受け止めたい」と付け加えた。
何を真摯に受け止めるのか、どんな改善をするのか、具体的な言葉は出てきていない。
「法的責任」と「説明責任」をあえて混同させるテンプレ話法
ちなみに刑事訴訟法上、捜査機関が発言を禁じる法的権限はない。つまり、説明を避けるのは本人の政治的判断である。
それにもかかわらず、政治家はこの言葉を盾にして「語らない自由」を義務のように語ることで、「語れない」というように見せて、説明拒否を正当化していることになる。
この「法的責任」と「説明責任」をあえて混同させているところが問題なのだ。
「法的責任」は、捜査や裁判など司法の領域で問われるもの。「説明責任」は、政治家が有権者に対して自らの行動を明らかにし、信頼を回復するための倫理的義務である。
田久保氏、斎藤知事のいずれも、会見で問われているのは「説明責任」だ。「差し控える」や「礼節」という表現で、説明を避ければ、疑惑はむしろ深まり、信頼はさらに損なわれる。
説明とは追及を避ける作業ではなく、信頼を取り戻す行為である。こうしたテンプレ回答が常態化すれば、政治家と市民の信頼関係は完全に断たれてしまうだろう。