「21兆円の経済対策」はインフレを悪化させるだけ…「円安・株安・債券安」で明らかになった高市首相の”深刻な誤算”

高市政権の政策の隙をついて、金融市場ではわが国の株売り・円売り・債券売りの懸念が高まっている。11月21日に政府が発表した経済対策に対して、高市首相は財務省の渋い当初案を「しょぼいどころではない。やり直し」と差し戻したようだ。高市氏としては、大規模な補正予算が必要との認識なのだろう。
大規模な経済対策による財政悪化懸念もあり、外国為替市場では円安が進行した。11月20日、1ユーロ=182円台の過去最安値を更新した。ドル/円は157円80銭台までドル高・円安は進行した。
現在、わが国経済はインフレ状況にある。それにもかかわらず、高市政権はデフレ脱却を目指す“リフレ政策”を主眼としている。リフレ(リフレーション)とは、通貨膨張などを意味し、緩和的な金融政策と拡張的な財政政策を組み合わせる政策をいう。
高市政策には、財政悪化という大きなリスクを抱えている。物価上昇の中で財政出動を増やし補助金を気前よく配ると、物価はさらに上昇しやすくなる。それに伴い、財政悪化と“悪い金利上昇”は深刻化し、財政破綻の懸念すら高まる。そうした懸念から、11月後半、円売り・株売り・債券売りの“トリプル安”が起きた。
円安にはメリットもあるものの、現在の円安は物価上昇というデメリットが大きい“悪い円安”だ。円安は輸入物価の再上昇、国内の生産者、消費者物価の押し上げにつながる恐れがある。個人消費の下押し圧力も強まることも考えられる。
むしろ、高市首相は、日本経済の実力の向上と財政健全化に向けた明確な考えを示すべきだ。その対応が遅れると、わが国の経済環境は一段と厳しい状況に陥ることも想定される。
10月の消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)は、前年同月比で3.0%上昇した。総合指数の上昇は50カ月連続だ。現在、わが国はインフレ環境にある。2%の物価安定の目標を掲げる日本銀行は、慎重に利上げを実施すべき局面を迎えているといえるだろう。
わが国経済の再生には、新しい需要創出に向けた規制の緩和や起業の増加や産業育成が必要だ。それによって新しいモノやサービスの創出が増えれば、一時的な痛みはあるものの経済は持続的な成長に向けての道が開ける。実質ベースで賃金も増えるだろう。
高市政権の政策は、日銀に対して緩和的な金融政策を求めているように見える。その影響は、10月の金融政策決定会合でも確認できるとの指摘は多い。
植田総裁が“春闘での賃上げの初動”を見たいと述べたのは、利上げまでの時間を稼ごうとするスタンスに映ったようだ。一方、米国やユーロ圏では、政策金利の一時据え置きの公算は高まった。その結果、わが国と主要国の金利差を狙って円売りは加速した。
高市政権の経済対策で円売りは増えた。11月21日午後、高市首相は臨時閣議を開き21.3兆円規模の総合経済対策を決定した。一般会計からの支出は17.7兆円、あわせて2.7兆円の減税なども実施する。これは2023年、24年の13兆円台の対策を上回る。
しかも、高市総裁は減税などの財源を明示しなかった。基礎的財政収支(プライマリー・バランス)の黒字化に単年度ではなく、数年単位で取り組む方針も表明した。財源なき積極財政、財政健全化のコミット低下は財政悪化に直結する。結果として、国債の発行は増え、日銀の金融政策正常化はさらに難しくなるだろう。
高市政策には、ある意味で矛盾がありそうだ。物価を抑制し、財政健全化を急がなければならない状況下、補助金や金融政策正常化の遅れでインフレは止まらない恐れは高い。それと同時に、国債の格下げ、財政破綻のリスクは上昇する。そうした展開を懸念した投資家は円を売った。
円安には、メリットもデメリットもある。2012年11月以降に本格始動したアベノミクスは、日銀に異次元緩和を拡充させ、超円高から円安へ為替レートの流れを変え、企業業績をかさ上げした。
当時、円安が進むと企業業績期待は上昇し、日経平均株価も上昇した。2012年当時のデフレ(あるいはディスインフレ)気味の経済環境では、一時的な刺激策として異次元緩和を推進する意義はあった。問題は、個人や企業のリスクテイクを促す成長戦略の推進が十分ではなかったことだ。
高市政権は、インフレ環境下でそうした政策を推進している。その結果として、円安圧力は高まった。現在の円安は、わが国経済を圧迫する恐れは高い。メリットよりもデメリットが大きくなる恐れは高い。
特に懸念されるのは、円安の進行による輸入金額の増加だ。原油、天然ガス、食料の価格動向にもよるが、円の独歩安が続くと輸入物価は上昇するだろう。3%近傍で推移している、わが国の消費者物価に一段と押し上げ圧力がかかることも想定される。
すでに、円安による価格押し上げが顕在化した品目は多い。足元では、ユーロ高・円安の急伸により、オリーブオイルの値段が上がった。スペイン産の生ハムやワインもそうだ。円安などを背景とする食品価格の上昇は、家計を直撃している。
名目賃金の上昇ペースよりも食品、日用品の値上がりペースは高く、個人消費に勢いはない。円安がさらに進むと、個人消費が低迷して実質GDP成長率がマイナスに沈むリスクもある。
海外旅行も難しくなる。円が他の通貨に対して下落する分、わが国の個人や企業が海外の取引先に支払うお金の額は増える。これは、国の富が海外に流出することになる。円安により、政府が打ち出した、あるいはこれから打ち出す経済対策の効果は減殺されてしまう恐れもある。
有権者の支持を得るために、財政支出を減らすことは容易ではない。円安で物価がさらに上昇し消費者マインドが悪化すると、高市政権はさらに補正予算を組み、追加の経済対策を打つ可能性がある。そうなると財政悪化は一段と深刻化し、最終的に財政破綻のリスクも上昇する。
そうした展開を警戒する大手投資家は増えている。11月17日の週、円売り・株売り・債券売りのトリプル安が進んだ。11月20日、円安が進んだ局面で、国債増発への警戒感が高まったことなどを背景に、新発10年国債の流通利回りは1.80%を突破した。それは悪い金利上昇だ。21日は米国株の下落の影響もあり、日本株が下落した。
今後も高市政権が緩和的金融政策、財源なき財政拡張路線を重視すると、円、日本国債、日本株が同時に下落する恐れが高まるかもしれない。それは、いわゆる「日本売り」だ。わが国の経済・金融市場の不安定感が急上昇するリスクは高まっている。
2022年9月、英国ではトラスショックが起きた。トラス首相(当時)は財源を確保しないまま財政支出を急拡大して経済対策を発動しようとした。当時、英国でもインフレが進行していたが、トラス首相は財政支出を増やして消費者を支援しようとした。
政策の矛盾を突いた投資家は、ロンドン市場で英ポンド、ギルト(英国債)、英国株を一斉に投げ売ったのである。その結果、英国の年金基金は損失を抱え、社会心理も悪化した。トラス首相は市場、そして国民の信認を失い44日で辞任した。トリプル安に直撃されたにもかかわらず、英国では増税などによる財政立て直し議論が難航している。
高市首相は冷静にわが国の実情を理解し、物価抑制のための金融政策正常化の必要性、医療負担の見直しをはじめ「中負担・中福祉」と呼ばれるわが国の社会保障関係費の見直し、それによる財政健全化を明確に示すべきだ。それに加えて、人工知能(AI)関連分野の成長加速というように的を絞った成長戦略を実行すればよい。
高市政権が迅速に、経済政策の矛盾をただし、理論的に信頼感の高い政策を実行できるか否かが問われている。11月後半の円安、債券安、株安は、世界の投資家からわが国に対する警告だ。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)