※本稿は、オオカミ少佐『元海上自衛隊幹部が教える 国を守る地政学入門』(河出書房新社)の一部を再編集したものです。
中国の視点に立ってみましょう。台湾の継戦意思を挫(くじ)く、アメリカの軍事介入を阻止する、日本の中立化=在日米軍基地を使用させない、これら3つのうち1つでも達成することができれば、台湾侵攻が成功する公算が大いに高まります。
2003年の中国共産党中央委員会及び中央軍事委員会において採択された中国人民解放軍政治工作条例のなかに「三戦」の記載があります。
三戦とは世論戦、心理戦、法律戦で、世論戦は中国軍の敢闘精神を鼓舞し、敵の戦闘意欲の減退を目的とする世論を醸成すること、心理戦は敵の抵抗意思を破砕(はさい)すること、法律戦とは中国の武力行使の合法性を確保して敵の違法性を暴き、第三国の干渉を阻止することを指します。
たとえば、インターネットを通じて「日本は中立化すべき」だとか、「アメリカの軍事介入はよくない」「中国と台湾は1つ」……といった意見を流すことは意味があるわけです。こうしたことは平時でもできますし、対象は一般の人々ですからね。
そして、いざ有事となったときは、日米が介入してくる前に日本を叩くという選択肢をとったほうがよいと中国は考えるかもしれません。
台湾有事について、専門家の間では中国の出方は大きく分けて2つのシナリオがあると考えられています。1つは「攻撃を台湾に集中させる」、もう1つは「日米への先制攻撃を加えてから台湾に着上陸する」というものです。
台湾制圧を目的とするなら、台湾だけを攻撃すればよいように思うかもしれませんが、どちらを選択しても米軍の軍事介入があるならば、最大の障害となる米軍とその兵站拠点である日本を先に叩いて戦力を削ったり、来援を遅延させたりするほうが合理的でしょう。
これをふまえて、日本はどうすべきなのでしょうか。
「台湾有事なんて日本には関係ないのだから、とにかく巻きこまれたくない!」というなら、日米安全保障条約を破棄して日本から米軍を追い出せば、少なくとも「台湾有事において」日本が巻きこまれる可能性は大きく下がります。そこまでせずとも、「在日米軍の基地から台湾への出撃を認めない」ということをあらかじめ取り決めて、中国にそのことを伝えれば、日本が巻きこまれる可能性をわずかながら下げることができると思います。
ただし、どちらも私としてはまったくおすすめできない策です。日・米・台いずれかの意思を挫いて連携を阻止できれば、中国は台湾を制圧できる可能性が高いわけですから、日本が中立化するなら、台湾有事が起きる可能性は一気に高まります。
中国が台湾制圧に成功したのち、日本の安全はどうなるでしょうか。
「台湾は日本と関係がないから助けない」という理屈が成り立つなら、同じ理由で諸外国が日本を助ける必要もなくなります。また、台湾は中国沿岸をふさぐように位置しているため、今のところはおのずと中国海軍の行動を制限していますが、台湾制圧となれば、中国は今よりも強大化し、日本にとってより大きな脅威となるでしょう。
日米安全保障条約が消滅していた場合はいうまでもないので省きますが、そうでなくとも在日米軍の基地使用を認めなかった日本に対してアメリカは不信感を抱き、日米間に大きな亀裂が生じることは間違いありません。台湾有事で中立を選んだ場合、今よりもハードな安全保障環境が日本を待ち受けているのです。
その場合は、いっそ中国の軍門に下ったほうがよいかもしれませんが、そうなるといずれ、中国側に立ってアメリカと事を構えなければならなくなるかもしれません。
日本がアメリカの味方であれば、台湾有事など東アジアでアメリカが軍事介入するなら最強の後方拠点として機能しますが、逆に中国についた場合、東からやってくるアメリカの攻撃を防ぐ最硬の盾となるのが日本の地理的特性。
味方にしておけば非常に有用ですが、敵にまわせば厄介なことこのうえない、東アジアにおける要衝が日本なのです。
日本は、ナンバー1であるアメリカや、ナンバー2である中国をどうこうすることはできませんが、どちらを勝たせるかを選ぶことはできます。単独で立ち向かうほどの軍事力はないにしろ、日本の影響力はけっして小さくはありません。
日本が相対的に弱く見えるのは、周辺に軍事力世界ランキング1位のアメリカ、2位のロシア、3位の中国、5位の韓国と上位国が集まっているからです。アメリカは国土の距離は離れていますが、在日米軍が駐留しています。「強い弱い」というのは相対的なものです。たとえるなら、スポーツの県大会で優勝した人が、全国大会に行くと他の県の優勝者のレベルに及ばず、1回戦で敗退してしまう……みたいな感じでしょうか。
どちらに付いても勝敗が変わらないのなら、勝ち馬に乗るのがよいでしょうが、日本は「どっちが勝ったほうが、よりマシか」ということを選べる国です。地理的条件から、どちらの陣営に付くかを選択できない国が多いことを考えれば、日本は相当に恵まれています。
そして、これを選べるのは「今」だけです。いざ、台湾有事が起きてから米軍の基地使用を認めるかどうかでもめたりすれば、遅れた分だけ中国にとって有利に働き、アメリカに不信を抱かせます。真偽不明ですが、天下分け目の関ヶ原の戦いでは裏切りを約束していた小早川秀秋がいつまでたっても動かないことに徳川家康が激怒したという逸話もあります。旗幟は早めに鮮明にしておいたほうがよいという教訓です。
事が起きてからでは遅いのです。どちらを選んでも無傷ではいられませんが、選ばない、あるいは選ぶのが遅れると、選択肢がなくなったり、より酷いことになりますからね。
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(元海上自衛隊幹部、YouTuber オオカミ少佐)