※本稿は、平井宏治『日本消滅』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。
1925年に大日本帝国が施行した「外国人土地法」という法律がある。その第4条には、「国防上、必要な場合は特定地域内での土地取得を制限できる」とある。
1926年には「外国人土地法施行令」が勅令で定められ、別表に対象地域を規定して外国人による土地の取得に関しては陸軍大臣、海軍大臣の許可を得ることを義務づけていた。
1945年10月、終戦をもって外国人土地法施行令は、「司法省関係許可等戦時特例等廃止ノ件」により廃止された。勅令は廃止になったが、実は「外国人土地法」自体は、事実上死文化したもののまだ生きている。
1949年3月には「外国人の財産取得に関する政令(昭和24年3月15日政令第51号)」が制定された。外国人が日本で不動産を取得するには大蔵大臣の認可が必要と定められたが、1979年に「外国為替及び外国貿易管理法の一部を改正する法律」が成立して廃止になった。
1994年に、WTO(世界貿易機関)の一環として「GATS(サービスの貿易に関する一般協定)」協定が締結される。経済産業省によると、WTOには2025年6月現在で166カ国・地域が加盟する。
このGATS協定には不動産売買が含まれているが、日本は、《「制限なし」で外国人による土地取得を認める》という条件でGATS協定に署名していた。これが、外国人が日本の不動産を自由に買収できる事態を生んでいる。
海外では、外国人による不動産売買については条件付きで認める、という国が最も多い。韓国はこの条件でGATS協定に署名している。次に多いのが、外国人による不動産取得を認めない、という条件でGATS協定に署名した国で、中国がその代表だ。
つまり、GATSは国それぞれの事情によって条件を付けて批准することができた。制限なしで外国人による不動産取得を認めているのは、WTO加盟166カ国のうち、日本とオランダ、ベルギー、フランスなど少数派である。
GATS協定などの国際条約は、国内法の上位に位置づけられる。「新法で外国人の不動産取得を禁止すればよい」という意見があるが、国内法で外国人の不動産売買を禁止することはできない。外国人による土地の取引を禁止したり制限したりすれば、国際司法裁判所に訴えられて負けてしまう可能性がある。
ならば日本がGATS協定に署名した条件を改正すればいいのだが、非常にハードルの高い作業になる。各国との30近い条約を改正し、同時に国内法の整備をしていく必要がある。
困難な作業だが、これは日本政府の重大な失態だ。明治政府が江戸幕府によって結ばれた不平等条約の改正に取り組んだように、現行政府もまた改正に取り組まなければならない。
ところが政府にその気はない。
2011年5月17日に開催された参議院外交防衛委員会で、浜田和幸議員が外国人土地法の施行令の制定等の対応を求めたことがある。
その際、高橋千秋外務副大臣は、「WTO協定におきまして、サービス貿易に関する一般協定、いわゆるGATSというものですが、において我が国は外国人等によるサービス提供に係る土地取得について内国民待遇義務を負っております。そのため、他のWTO加盟国の国民等がサービスの提供に際して我が国の土地を取得することについて、原則として国籍を理由とした差別的制限を課すことは認められないということになっております」と答弁した。
さらに、2013年8月、国土交通省(当時・太田昭宏国土交通大臣)は、「不動産市場における国際展開戦略」を公表し、その中で、「我が国の持続的な成長のためには、アジアをはじめとする諸外国の成長を取り込んでいくことが不可欠であり、不動産分野においても海外におけるビジネス展開を拡大することが強く求められる。また、我が国は約2500兆円の不動産ストックを有しており、今後も持続的な経済成長を図るためには、海外投資家による投資を進め、不動産市場を活性化させていく必要がある」とした。
「国内投資促進の基本戦略」として、「世界における日本の不動産のプレゼンスを確立し、人材と資金が日本に集積する環境を構築する必要がある」、また、「水源地・安全保障の観点からの配慮が必要であるが、基本的には海外からの投資を拡大することが必要である」としたのである。
2021年6月16日、「重要土地等調査法」が成立した。防衛関係施設等や国境離島等の機能を阻害する土地等の利用を防止するため、国として必要な調査や利用規制等を行う法律である。
本来は、安全保障上重要な土地の取得や利用に対し、より広範で強い規制する内容で法案の検討が進んでいた。それを公明党の要請により、最終的に「市街地」は原則として届け出対象から外され、規制対象区域が限定的になったことなどから、産経新聞などからは「骨抜き」になったと批判された。
外国人あるいは外国法人による土地取得においては、素性や取得に至る経緯、目的が明らかでない事例も見られる。これは、不動産取得後の変更登記が義務付けられていなかったからだ。
2024年4月1日から相続登記が義務付けられ、2026年4月1日から住所・氏名変更登記が、ようやく義務付けられる予定だ(一定の条件に該当する山林などは変更登記が義務付けられている)。日本国民が不安を感じるのは当然だ。
外国人観光客の増加も、外国人の不動産取得問題に大いに関係している。2024年の訪日外国人観光客は3687万人を超え、オーバーツーリズムの問題は今や深刻な問題だ。
観光客増加による宿泊施設不足を補うために国家戦略特区制度で旅館業法に特例が設けられた結果、大阪市には全国の特区民泊の9割以上が集中している。この民泊を中国人が運営している事例がある。
2025年に入ってたびたびマスメディアでも報道されたが、中国人などによる不動産投資として賃貸マンションが一棟買いされ、住んでいた住民が家賃の値上げを要求されて追い出されるという事案が少なくない数、発生している。
空き部屋になった部屋が民泊として使われるのだ。民泊を利用した外国人と周辺住民との間で、騒音、ゴミ出し、路上駐車、夜間の騒ぎなどのトラブルが頻発し、苦情件数は前年度の倍以上の399件に達している。
住民からの苦情が増え、大阪市は、新規の特区民泊申請の受け付けを当面停止し、迷惑民泊の根絶チームを設立するなどの対策を打ち出した。民泊施設が、不法滞在者やテロリスト、違法薬物販売人などの隠れ家になっているケースもある。
懸念国が防衛施設や重要施設周辺の不動産を取得し、それを拠点として通信を傍受したり監視したりしても、日本政府は事実さえ把握できず、全く規制できないでいる。土地利用「規制」法の成立が見送られて喜ぶのは、スパイ行為や妨害、破壊工作を仕掛ける意図がある懸念国やその協力者以外にいないはずだ。
重要土地等調査法は、重要な土地の所有・利用状況を確実に把握することができても、不適切な利用実態などが明らかな土地の不適切な利用・取引を是正することや未然に防止する枠組みは整備されていない。しかも、法の対象とする範囲は、重要な土地から1キロメートル以内と狭い。
重要土地以外の自然資源埋蔵地や水源地、農地は対象としておらず、相変わらず、外国人は制限なしで取得することができる。
外国人等の土地取得問題については、解決するべき課題は山積している。その中には農地も含まれており、食糧安全保障上の深刻な問題を引き起こす可能性がある。
外務省によるGATS協定改定が進まないなら、WTOをいったん脱退することも選択肢に加える必要がある。
日本の将来を考えた場合、このままWTO加盟を続けてGATS協定が有効なまま外国人に日本の領土を所有されてしまうよりも、WTOを脱退しGATS協定を無効にして外国人による不動産取得に規制をかける方が損害は遥かに軽微で済むと私は考えている。
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(経済安全保障アナリスト 平井 宏治)