頼りなく明滅する蛍光灯の光に照らされ、「DANGER」の文字が赤く浮かぶ扉の前を通り過ぎると、立ち入り禁止のテープが張られた一室があった。漂う異様な空気の中、集まった警察官は鈍く光る金属の塊を慎重に運び出した──。
筑波大学は11月26日、キャンパス内の研究施設で「砲弾らしきもの」が発見されたと発表した。直ちに職員が通報し、同日中に警察によって学外に撤去されたという。
「不審物はビニール袋に包まれた状態で見つかり、袋越しにも砲弾に見えるほど大きなものだったそうです。『砲弾』とは大砲やミサイルなどに使われる弾丸のこと。単体で爆発することはほとんどないといわれていますが、危険物であることには違いない。同建物内には放射性物質など危険物を取り扱っている研究室もあり、万が一にも爆発したら、あわや大事故となっていた可能性もあります」(地元紙記者)
自然に囲まれた平和なキャンパス内で起きた物騒な出来事に、同大でキャンパスライフを満喫される悠仁さまの周辺にも大きな緊張が走った。
「悠仁さまは成年式後も”学業優先”のため、キャンパスで多くの時間を過ごされています。時には遅くまでサークル活動のバドミントンの居残り練習をして、茨城県つくば市内の住居に泊まられることもある。砲弾らしき不審物が見つかったのは、悠仁さまが講義を受けたりサークル活動をされているエリアの目と鼻の先でした」(皇室ジャーナリスト)
さかのぼること6年前。悠仁さまが通われていたお茶の水女子大学附属中学校に不審者が侵入し、悠仁さまの机の上に刃物が置かれる事件が発生した。当時、悠仁さまは別の教室で授業を受けられていたため最悪の事態は免れたが、将来の天皇を狙った凶悪な犯行は、大きな波紋を広げた。
「そうした過去もあって、これまで悠仁さまの進学先ではさまざまなセキュリティー対策がなされてきました。筑波大学でも悠仁さまの受け入れにあたって、テロなどが発生しないよう研究施設や学食まで徹底的に調査を実施。特に悠仁さまが講義を受けられる棟は学生証がなければ出入りできないよう、厳戒体制がとられています」(前出・皇室ジャーナリスト)
それでも起きた今回の騒動に、大学の警備体制が問われている。
「不審物が見つかったのは、すでに退職していた教員がかつて使用していた研究室で、現在は倉庫として使われているそうです。つまり、長年にわたって危険物が放置されていたということ。管理体制がずさんだった大学側の失態であることは間違いありません。
宮内庁内では、あれほど警戒していたのにと大学に不信感を抱く声もあります。研究施設は基本的に施錠されることなく、誰でも自由に出入りできる状態です。テロ対策の視点からも今後は徹底した管理が求められます」(前出・皇室ジャーナリスト)
今回の騒動について、筑波大学に尋ねたところ、「(砲弾らしきものの)学外搬出後の対応については警察に一任しております」とし、当該教員の研究分野や保管時期については「不明です」と回答。「今後も学生や教職員、近隣住民の方々の安全確保に引き続き万全を期して参ります」とした。
悠仁さまのキャンパスライフは、まだ3年以上残っている。
※女性セブン2025年12月18日号