1審無罪の「紀州のドン・ファン」元妻、8日に控訴審初公判 間接証拠の評価が改めて争点

「紀州のドン・ファン」と呼ばれた和歌山県田辺市の資産家、野崎幸助さん=当時(77)=に致死量の覚醒剤を飲ませ殺害したとして、殺人などの罪に問われ1審和歌山地裁の裁判員裁判で無罪となった元妻(29)の控訴審初公判が8日、大阪高裁で開かれる。元妻と犯行を結びつける直接的な証拠は存在せず、間接証拠の評価が改めて争点となる。
野崎さんは平成30年5月24日夜に自宅で死亡。発見したのは元妻で、死因は口から多量の覚醒剤を摂取したことだった。
検察側の1審での主張によると、元妻は野崎さんが死亡する前に「完全犯罪」「覚醒剤 過剰摂取」「遺産相続」などとインターネットで検索。密売人に覚醒剤を注文し、対面で品物を受け取っていた。また事件当時、元妻は野崎さんと自宅で2人きりで「覚醒剤を摂取させる機会が十分にあった」とした。
事件当時の2人の年齢差は55歳。結婚を巡り野崎さんから月に100万円を受け取るなどの条件もあり、元妻は1審の被告人質問で「契約みたいな結婚」と説明した。検察側はこうした実態を踏まえ、離婚の可能性が高まったと考えた元妻が、野崎さんを殺害して莫大(ばくだい)な遺産を得ようとしたと主張し、無期懲役を求刑した。
しかし昨年12月の1審判決は、検察側が提示した状況証拠は殺害を疑わせる事情にはなるものの、「殺害したと推認するには足りない」と評価し、殺人罪の成立を否定。「疑わしきは罰せず」という刑事裁判の鉄則を厳格に適用し、無罪を言い渡した。
地裁は元妻が薬物の密売人から受け取った品物が覚醒剤だったかどうかを検討。出廷した密売人2人の証言は「本物の覚醒剤」「氷砂糖」と異なる内容で、元妻に手渡したとする密売人が「確実に(覚醒剤だと)識別できたか疑問が残る」とし、氷砂糖であった可能性も排除できないとした。
「完全犯罪」などの検索結果についても、元妻が犯人でなくても説明が可能だと判断。これらの証拠では元妻が覚醒剤を摂取させたとまで推認することはできず、誤飲の可能性も残るとし、検察側の立証不足を印象づけた。
検察側は判断を不服として控訴。ある検察幹部は「地裁での状況証拠の総合評価の仕方は受け入れることができない。事実誤認を主張していく」とする。
甲南大の園田寿名誉教授(刑事法)は「密売人の証言を真実とみなすか否かが控訴審のポイント。状況証拠を積み上げる立証では、証拠の見方が変われば有罪・無罪の結論が変わる可能性がある」と指摘する。ただ1審の裁判員裁判の判断は重いといい「覆すハードルは低くない」とも述べた。(倉持亮)