2025年夏の参院選以来、外国人問題が政治の主要な関心事になっている。
日本政府は公式見解で「いわゆる移民政策をとる考えはない」(岸田元首相)としているが、実態としては外国人が種々の在留資格を得て日本経済を支える貴重な労働力となっている。
その中でも、建設業や食品製造、機械・金属など91職種168作業に従事する技能実習生は、2025年6月末時点で約45万人存在する(出入国在留管理庁調べ)。
約45万人の技能実習生のうち、毎年5000人から1万人ほど「失踪」しているのが日本の現実だ。
また失踪した技能実習生のうち、「最終的にどこにいるか分からない」外国人も相当数いるという問題もある。
例えば、2024年の失踪者6510人のうち、2025年5月時点で所在不明の失踪者数は2951人と約45%。2023年の9753人に対しても、約31%の2983人と、その数は多い。
出入国在留管理庁の担当者も筆者の取材に対し「現在も所在不明の外国人は一定数存在する。入管としては、入管法24条の退去強制事由に該当すれば退去強制手続きを進める」と答えている。
なぜ技能実習生において、これほど多くの失踪者が出てしまうのだろうか。そして、彼らは失踪した後、どこに行っているのだろうか。
神戸大学大学院の斉藤善久准教授は、「神戸移民連絡会」という団体を立ち上げ、トラブルに巻き込まれたベトナム人技能実習生の世話係を自ら務め、数万件の相談に乗ってきた。
そもそも、技能実習生の割合として一番多いのがベトナム人で、2020~2024年にかけての失踪者数もトップである。斉藤氏は2014年から約1年間、現地ベトナムの日本語学校の教師として潜入し、ベトナムの若者を技能実習生として日本に送り込む現地の送り出し機関の実情を調査した経験もある。
人材を送出する側のベトナムの事情も、技能実習生として彼らを受け入れる日本側のロジックも熟知している人物だ。
斉藤氏はベトナム人実習生が失踪する理由を、①実習生と受け入れ企業のミスマッチ、②日本の労働市場の魅力低下、③不法就労者を受け入れるコミュニティの存在の3つにあると分析する。
人材ビジネスが何層にも介在する技能実習制度の現場では、受け入れ企業も技能実習生も「聞いていた話と違う」となるほどの深刻なミスマッチが発生しやすい、と斉藤氏は指摘する。
「現地の送り出し機関が、日本の零細企業とベトナム人双方に『条件を盛る』場合がある。例えば、日本の農業法人に『まじめで元気で日本語がわかるベトナム人を雇えます。機械化するより、よっぽど経済効率が良いですよ』と売り込む。ベトナム人には『残業で稼げて安全な職場環境で、宿舎には1人1部屋が用意されている』と伝える」
しかし……
「いざ雇用主が実習生に会ってみると、タトゥーが入っていて怠け癖があり、日本語も全く話せない。ベトナム人からしてみても、その農業法人が時給制でそもそも仕事があまりなく、稼げない。社長はパワハラ気味だし、部屋も集団生活、という状況が生まれている」(斉藤氏)
こうしたミスマッチが実習生・企業双方の不満を高まらせ、最終的には失踪してしまう実習生を増やす要因になっていると考えられる。
本来、このような事態が発生しないように事前にチェックするのが日本の監理団体の役割だが、同氏によると監理団体も玉石混交で、むしろ悪質な送り出し機関と共謀して、問題を見てみぬふりするケースもあるという。
また、日本の労働市場としての魅力が低下している点も、失踪の遠因になっているようだ。
「オーストラリアや韓国といった国々に、日本は報酬で完敗している。したがって、市場原理で、来日の経費も相対的に安い。また、他国では就業前に現地語の試験を受ける必要があるが、(技能実習生の場合、介護職種を除き)日本では不要。要は、誰でも簡単に実習生になれるということだ。日本の労働市場は現地から『安い・早い』という、牛丼チェーン並みの見られ方で、レベルの高い人材は他国に流れている。最近は、日本には失踪する価値すらないと見られ、早々に帰国するケースも増えている」
「それでもまだ日本を選んでくれるベトナム人は多いが、全体として、広い意味でのレベルが落ちている。少数民族など、ベトナム語の読み書きすらおぼつかない人も増えてきた。中には『自分が技能実習生であること』を知らない人もいて、ベトナム語の対応が可能なこちらも苦労するほど。もっとも、そのような人材だからこそ、いまだに日本を選んでくれている、という側面もある。必然的に、職場や宿舎で、上司や他の技能実習生とのトラブルも増え、話し合いもできず飛び出してしまうケースがあとを絶たない」(斉藤氏)
気になるのは、失踪者の行方である。先に紹介した通り、2024年の失踪者6510人のうち、2951人がどこにいるか分かっていない。
斉藤氏は「ベトナム人の先輩的存在のコミュニティに転がり込んでいる」可能性を指摘する。
「失踪の際の最初のハードルは、住む場所。日本ではただでさえ外国人が家を借りることが難しいが、失踪中の技能実習生にとっては無理同然。(彼らにとって)確実な方法は、知り合いのアパートやブローカーが提供する住居に転がり込むというものだ」
「ベトナム人の不法就労コミュニティとして多いのは、関東では群馬県や茨城県、栃木県など。関西では兵庫県姫路市といったエリアだ。仕事は解体業や農業が多い。また、派遣会社に登録し、化粧品会社や自動車会社の工場で働く人たちも存在する」
「彼らは偽造の在留カードを提出し、複数の派遣会社に登録することでリスクヘッジをしている場合もある。摘発されるまでの期間、可能な限り稼ごう、という狙いだ」(斉藤氏)
斉藤氏は、最近のベトナム人技能実習生のレベルが低下していることを指摘した。この背景に、「元技能実習生のリクルーター化」という事情が関係していると説明する。
同氏が説明するのは以下のような事情だ。高校卒業後の若い時期を日本での技能実習に費やした元技能実習生は、若さを失い、母国で使えるスキルは身に付かず、日本語もあまりできず、金銭感覚も狂っているので、帰国後に仕事を見つけることは難しい。
職にあぶれた元実習生の多くが、「新たな技能実習生」を募集する、現地のブローカーになっている。ブローカーになった彼らは、人材獲得市場を広げるべく、都市部から農村に裾野を広げる。そこでさらに情報リテラシーの低い「人材」を見つけ、送り出し機関に紹介。手数料を稼ぎ、彼らを日本に送っている、と斉藤氏は分析する。
そもそも、ブローカーと送り出し機関は技能実習生からどれくらいの手数料を受け取っているのだろうか。出入国在留管理庁は、実習生は平均約52万円の手数料を現地の送り出し機関に支払い、来日している、との調査結果を公表している。送り出し機関以外の仲介者には平均33万円ほどだとする。
だがこの数字も、斉藤氏は「本当のところは分からない」という。正直に申告したところで不当に支払わされた金額が戻る可能性は小さい一方、報復などのリスクが大きいからだ。
「失踪」問題をはじめ、技能実習制度には批判が根強い。政府は技能実習制度を廃止し、2027年から育成就労制度という新たな枠組みを用意する方針だ。
育成就労制度は、日本語能力試験N5レベル(日本語初心者レベル)以上または相当の講習の受講、というふうに日本語能力を求めたり、就労期間1~2年後の転籍を認めることを検討したりと、技能実習制度の問題点を一応は改善しようと試みているように見える。
しかし斉藤氏は育成就労制度に移行しても、根本的な問題は解決していないとする。
「技能実習制度は『開発途上国の人づくり』を建前にしているが、実際の目的は日本人が働きたがらない業界・企業に、国際貢献の名のもとで、転職の自由を制限され辞められない外国人を入れて、なんとか維持させていくおためごかしの『延命措置』だ。技能実習制度の問題を流石に隠しきれなくなってきたから、今度は育成就労制度にし、開き直って、『人手不足分野における人材確保』を目的にする、と正直に言い始めた」
「ところが、育成就労制度においてもN5レベルの日本語能力が来日前に必要、という条件を緩和し、入国後に日本語講習を受講すればOKという形になる予定だ。『N5を取らなくてもよい』とすると、N5をそもそも取る気がない人たちが入ってくることを意味する。今のところ、日本社会と日本人に、日本語ができない人たちを大量に受け入れる能力はない。トラブルが増えることが目に見えている」
「技能実習も育成就労制度も、構造は同じだ。『人材育成』を口実に転職の自由を制限する。日本人が働きたがらない業界・企業に外国人を押し込み、聞いていた話と違っても辞められない。日本語もできないから文句も言ってこない。家族も物価の安い途上国に残しているから、自分1人食わせればなんとかなる。働くのもせいぜい数年で、国家は老後も、子供の教育の面倒も見なくてすむ。これが『搾取』でなくて、なんと呼べばいいのか」(斉藤氏)
これまで正面から論じられてこなかった技能実習生の失踪問題。育成就労制度においては、美辞麗句に逃げず、正確な現状認識と実効性の高い対応が求められている。
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(神戸大学大学院国際協力研究科 准教授 斉藤 善久、フリーランスジャーナリスト 湯浅 大輝)