地滑りの引き金は「顕微鏡レベルの古傷」 四国山地でメカニズム解明

日本列島の形成過程での強い地殻変動による岩石の「古傷」が、現在の地滑りに大きく影響している――。そのメカニズムを、国内有数の地滑り多発地帯である四国山地中央部(徳島・高知県境の大歩危<おおぼけ>地域)での顕微鏡観察などで解明したと、京都大防災研究所斜面未災学研究センター(徳島地すべり観測所)の山崎新太郎准教授(応用地質学)のグループが発表した。
大歩危地域は台風や豪雨の際に地滑りを起こしやすい「結晶片岩」で形成されているが、同じ岩石の分布でも地滑りが多発する場所と、多発しない場所がある。過去のプレート沈み込みにより、地下深部での高圧と高熱で変成された結晶片岩の地帯では、一般に岩石の剥がれやすい面(片理面)が斜面と平行に傾く場所で地滑りが起きやすいとされる。ただこの地域では片理面が水平な構造や、斜面に刺さるような逆傾斜の構造でも地滑りが多発し、その理由が未解明だった。
これに疑問を持って注目した山崎准教授は4年ほど前から研究を開始。大歩危峡谷の南部一帯の100平方キロのエリアを対象に約3年間かけ、航空レーザー測量で作成された高解像度の地形図、防災科学技術研究所による地滑り分布図の分析に加え、詳細な野外地質調査とドローンによる空撮や岩石の顕微鏡観察を組み合わせ、地滑り発生の主要因を徹底分析した。
その結果、地滑り多発地では岩石中に数ミリから数メートル規模の微細な褶曲(しゅうきょく)(地層が波状に曲がる構造)が著しく発達し、この褶曲に伴って岩石に「へき開」と呼ばれる微細な縦方向の割れ目が無数に形成されていることが分かった。この微細な割れ目が地下深部への水の通り道となり、豪雨時などに斜面を不安定化させると考えられる。①微細な褶曲によって薄い板状に剥がれやすい岩石の層が傾く②同時に形成された「へき開」が斜面の奥深くまで続く鉛直方向の割れ目となる③傾いた層と鉛直方向の割れ目が階段状につながって雨水が地下深部へ浸透しやすくなり、大規模な地滑り面を形成する――というメカニズムだ。
調査エリアでは地滑りの発生密度と褶曲の発生地域が一致し、へき開の発達方向と地滑りの発生方向も一致。江戸初期から近年までに発生した3カ所(高知県大豊町の豊永と岩原、徳島県三好市の有瀬)では常に褶曲が認められ、へき開面の開口が深部透水経路となっていたことを確認したという。
へき開は、かつて岩石が地下深くで変形した際に刻まれた「古傷」といえる。既存の地質図や通常の露頭観察では捉えきれない微細な構造だが、山体全体の強度を低下させ、地滑りを誘発する決定的要因となっていることが示された形だ。研究成果は14日に国際学術誌「ジオモルフォロジー」にオンライン掲載された。
山崎准教授は「四国の急峻(きゅうしゅん)な山々を歩き回り、ハンマーで岩を割って観察を続ける中で、巨大な地滑りの原因が顕微鏡サイズの小さな『岩石の古傷』にあることに気づいた。過去の地殻変動が現代の災害につながっていることは地質学の面白さであり恐ろしさでもある。この『古傷』を見逃さないことが将来の災害予測に重要だ」と話す。
地形や地質分布に頼った従来のハザードマップの精度を大きく向上させる可能性があり、予測が難しかった地滑り危険箇所の特定精度向上につながることが期待される。今後はこの「古傷」が水圧によってどのように破壊に至るかを定量的に評価し、より具体的な防災対策やリスク評価手法の構築を目指すという。
山崎准教授によると、四国山地の南部全域や和歌山県、長野県にも同様の状況が部分的に確認され、未調査ながら関東や九州まで広がる可能性がある。同様の地域は世界中にあり、国際的な地滑り研究への波及効果も期待されるとしている。【太田裕之】