拉致被害者・蓮池薫さんが語った大物工作員の実像「後ろから襲われ…袋詰めにされ工作船へ」思想教育で北朝鮮に忠誠を誓える人間に…狙われた函館出身の男性”背乗り”の手口とは

毎年12月は、国連が定めた「国際人権デー」もあり、日本国内では「北朝鮮人権侵害問題啓発週間」も設けられています。しかし、拉致という暴力によって、人権が踏みにじられた数々の被害は、今も未解決のままです。
23年前、北朝鮮から帰国した被害者の一人、蓮池薫さんが間近で見た大物工作員とは、どんな人物だったのでしょうか。日本人拉致の目的と、スパイ活動のため、実在の日本人に成りすます”背乗り”という工作員の手口が見えてきました。
《工作員「たばこの火を貸して」と接近…北朝鮮へ男女を拉致》
拉致被害者・蓮池薫さん(68)「何人かが付いてくるな…という感じでした。海岸で拉致のターゲットを狙っていたという感じなんでしょうね」
1978年7月31日、新潟県・柏崎市の海岸で、若い男女が拉致された。北朝鮮に連れ去られた被害者は、当時、大学生だった蓮池薫さんと、交際中だった奥土祐木子さんだ。
拉致被害者・蓮池薫さん(68)「あの辺で腰を下ろしていたら、波打ち際の方から、チェ・スンチョルがやってきて…まぁ『たばこの火を貸してくれ』と注意を引いて、その間に拉致実行グループが後ろから接近して、私たちを襲ったという流れですね。そこで袋詰めにされたまま、暗くなるのを待って…そして沖合から工作船の迎えが来た、それが全てです」
拉致実行犯の中心人物は、チェ・スンチョル。北朝鮮・対外情報調査部の大物工作員だった。
拉致被害者・蓮池薫さん(68)「柏崎市の街の明りが見えて、遠退いていきました。工作船に乗りながら、私は街の明りを最後に見たというのは記憶にあるんです」
《北朝鮮へ忠誠を誓わせるように育てる…24年に及んだ拉致生活》
2002年9月17日、北朝鮮はそれまで一切否定してきた日本人拉致を初めて認めた。日本政府が認定する拉致被害者は17人。そのうち蓮池薫さんと、蓮池さんの妻となった祐木子さんら5人が、同年10月15日に帰国を果たした。しかし、横田めぐみさんら8人については「死亡」。ほか4人は「入国が確認できない」との主張を、北朝鮮は今も続けている。
蓮池薫さんの24年にも及んだ北朝鮮での暮らし。「招待所」と呼ばれる施設で、朝鮮語の勉強や思想教育などを強いられた。
拉致被害者・蓮池薫さん(68)「拉致の目的は工作員にさせることなので、北朝鮮のために忠誠を誓うような人間に育てなければならないんです。スパイ学校に行くにしても、朝鮮語ができないといけないわけですから、思想的にも、忠実になるような2本線で、招待所の生活というのは動いて行きました」
「具体的に言えば、外部との接触しないよう、警備が行われている所に入れられる。必要に応じて外部に出るときは、しっかり監視が付いた状況で店に行ったりする…こういう状況です。結局、北朝鮮の秘密工作の活性化、その質を高めるために、トップの指示の元に拉致が行われたということですね」
《大物工作員 チェ・スンチョルの人物像に迫る》
招待所で過ごす蓮池薫さんの前に現れたのは、蓮池さんらを拉致した実行犯、北朝鮮工作員のチェ・スンチョルだった。
拉致被害者・蓮池薫さん(68)「彼は朝鮮語を教えたり、北朝鮮の思想を注入したりするため、私のところに来た…私としては、もちろん反抗心というか『なんで?あなたは俺を』という思いは強いですよ。反発はしました…しましたが、反発したところでどうにも拉致された状況は変わらない」
そのチェ・スンチョルに掛けられた言葉を、蓮池さんは著書の中で、こう振り返っている。
『日本は遠からず社会主義国家になる…そのために北朝鮮で大いに学んだらいい』(岩波新書「日本人拉致」蓮池 薫)
拉致被害者・蓮池薫さん(68)「下手をすれば刑務所に入れられる、恐怖は絶えずあるので、腹は立つけれど従わざるを得ない。チェ・スンチョルは、北の状況、秘密工作機関の状況、上の意図をみんな知っているわけです。北朝鮮では、他に誰も話してくれないギリギリの状況なので、チェを利用する。こういうやつを排斥するのは、拉致された自分の身の破滅になる」
《工作員チェ・スンチョルに”背乗り”された函館出身の小住健蔵さん》
そんなチェ・スンチョルは、拉致実行の半年後。1979年初め、蓮池さんの前から姿を消した。そして、北朝鮮工作員のチェは、日本人に成りすます「背乗り」と呼ばれる手口で、函館出身の小住健蔵さんの、公的な身分を奪っていた。
小住さんの妹は、兄の人柄について、こう話している。
背乗りされた小住健蔵さんの妹・遠山明子さん(2014年取材)「優しい人ですよ。一つのお菓子でも必ず分けてくれますからね」
小住健蔵さんは1961年3月、28歳のとき、函館から東京へ向かう。その後、長らく家族との連絡が途絶えていたが、上京から19年が経った1980年、函館に住む妹が、ある不審な動きに気づいた。
兄・健蔵さんの戸籍が、知らない間に、函館から東京・足立区へ移されていた。もう一人の妹が連絡先を調べ、電話をかけてみると、同居人を名乗る人物が電話口に出た。
背乗りされた小住健蔵さんの妹・本郷紀代子さん「小住健蔵で電話は通じた…でも、本人は働きに出ているからって、ただそれだけでした」
電話口の男は、同居人だと告げ、小住健蔵さんは独身で、日雇いの仕事をしているなどと答えた。不審さは拭い切れなかったものの、兄の安否が確認できたことに、小住さんの親族らは安心したという。
だが、警察は当時、この小住健蔵を名乗る男をマークし、行動を監視していた。男に部屋を貸していた大家は、室内を見た時の印象を、鮮明に記憶していた。
部屋を貸していた大家「ベランダ側の、6畳間の座敷の一番窓側に大きなFMラジオが…。アンテナが天井まで伸びて建っていた。(Qほかには?)何も家財道具がない」
《”小住健蔵”名義で身分証を不正取得…消えたチェ・スンチョルは》
北朝鮮はかつて短波放送で、本国からの指令を暗号化して、国外に潜伏する工作員らに送っていた。1985年、その指令を受けていたと思われる、北朝鮮の組織が摘発された。
西新井事件と呼ばれ、組織のアジトからは、ラジオや乱数表などが押収された。数々の押収品の中には「小住健蔵」名義の身分証明書もあった。
事件を担当した元捜査員「私の部下が、函館に行き、小住健蔵さんの親族に最終確認ということで、免許証を見せています。その写真を見せて『どうですか、弟さんですか?』と尋ねたら、親族は『違います』と答えました」
押収された小住健蔵名義のパスポートには、北朝鮮の工作員、チェ・スンチョルの顔写真が貼られていた。チェは、不正に取得した「小住健蔵」名義のパスポートで、渡航を繰り返していたとみられる。
事件を担当した元捜査員「永遠に〝小住〟に成りすますのであれば、本物の小住健蔵さんは邪魔になるので、共和国(北朝鮮)に連れて行ったというのが、チェの協力者Aの考えでした。『じゃあ、どうやって?」と質したが、一切、内偵でも分からなかった…。その辺は、まったく残念ながら出てこなかったんです」
背乗りされた小住健蔵さんの行方は、いまも分かっていない。
《小住健蔵さんはどこに?背乗り後の手口》「殺しちゃいけない」
一方、事件発覚の2年前、チェ・スンチョルは、マレーシアへ出国。その後、足取りは途絶えていたのだが、密かに北朝鮮に戻っていたことが分かった。
新潟県柏崎市の海岸で、交際相手の女性と一緒に拉致された蓮池薫さんが、北朝鮮の招待所に再び現れたチェ・スンチョルと、ある会話を交わしたと証言する。
拉致被害者・蓮池薫さん(68)「北朝鮮の招待所で、チェ・スンチョルと拉致、背乗りについて話をしたことがあって…それは殺しちゃいけないんだと。チェは『自分がやったという話ではない』としていたが、ある日本人に入れ替わった後、その相手を邪魔だから殺すとなると、日本の警察は目の色を変えて捜査してくる。だから、絶対に殺しては駄目なんだと話していました。『じゃあ、どうするか?』と尋ねたら、北朝鮮に連れて来るんだと言っていました」
国連は2025年、北朝鮮に対して、拉致被害者ら行方が分からない日本人、50人の安否確認などを求めた。国連に働きかけたのは、日本の民間団体「特定失踪者問題調査会」である。国連から「特定失踪者問題調査会」に届いた書簡には、チェ・スンチョルによって背乗りされた、小住健蔵さんの名前が筆頭に記されていた。
《拉致被害者・蓮池薫さん「思い通りには絶対なりませんよ」》
日本政府は、拉致問題の解決を、最重要課題と位置づけている。しかし、蓮池さんら5人の帰国後、交渉は進展していない。
拉致被害者・蓮池薫さん(68)「北朝鮮という国は、金正恩一家が完全に支配している。一家の体制が維持されることが、何よりも大切で、それには日本という存在は欠かせないと思います。対局的で長期的な視野で、国内にこもった考え方ではなく、外交的に広く考えて、拉致問題の解決というものを、将来のビジョンの中に入れてほしいと願っています」
「北朝鮮の思い通りには、絶対になりませんよ!と、われわれも北朝鮮に伝えなければならない。横田めぐみさんの母・早紀江さんは来年90歳だし、ずっと待ち続けられるわけではない。日本側として、プレッシャーをかけなければならない」
北朝鮮によって人生を奪われた多くの日本人。2つの国を隔てる日本海を越え、すべての被害者が故郷へ戻る日まで、日本人拉致問題が終わることはない。
森田絹子キャスター) 国連が北朝鮮に送った安否確認の要請には、北海道の関係者10人の名前が記されています。函館出身の小住健蔵さんをはじめ、ヨーロッパで拉致された札幌出身の石岡亨(とおる)さんのほか、北朝鮮による拉致の可能性が否定できない、いわゆる「特定失踪者」の8人です。
堀啓知キャスター) ただひたすらに無事を信じ、帰りを待つ時間は、家族にとって、大きな苦しみです。日本政府には、まさしく最重要課題として、北朝鮮を交渉のテーブルにつかせ、少しでも早く、拉致問題の解決に取り組んでもらいたいと思います。
◆【2025年12月10日「今日ドキッ!」にて放送】