高市政権の「財政赤字」はどこまで許されるのか? “消費税減税すべきか論争”の理解に欠かせない4つの学説

2025年7月の参院選を前に、野党が次々と物価高対策として、消費税減税を政策に掲げた。主なものを挙げれば立憲民主党は「来年4月から1年間食料品の消費税ゼロ」、国民民主党は「実質賃金が持続的にプラスになるまで消費税は一律5%」、日本維新の会は「食料品にかかる消費税を2年間0%に」、共産党は「消費税廃止目指し、緊急に税率一律5%」、そして参政党が「段階的な廃止」を唱えている。
与野党ともに減税策を打ち出すのが慣例に
これに対して自民党は選挙前には消費税減税は行わないで、その代わり「2万円の一律給付」を掲げていたのだが、選挙の敗北で「ノー」の民意が出たとみなされた。その後、石破茂首相が辞任して、消費税減税も放棄しないと言っていた高市早苗氏の政権が発足した。今や与野党ともに何らかの減税策を打ち出すというのが慣例になってしまった観がある。
これは他の先進国でも同じ傾向がみられる。OECD加盟国の財政赤字は昨年、対GDP比4.6%に達した。EU諸国では財政累積赤字が急増し、トランプ大統領の米国でも似たようなものだ。トランプは公的機関への支出を激減させているが、それ以上にビジネス刺激策の減税を断行しているので、結果として財政赤字は増加すると予想されている。
日本の場合、あるシミュレーションでは消費税を恒久的に引き下げると「中長期的」に消費が1.5~4.4%伸びるとされる(日本総研)。そのいっぽうで、食料品の8%の軽減税率を0%に引き下げた効果は翌年GDP比0.33%の押し上げがあっても、翌々年にはマイナス0.2%に転落するとの予測もある(明治安田総研)。消費減税は高額所得者にとり有利であり、累積赤字について綿密な議論もないまま財政支出が唱えられる。
“消費税減税すべきか論争”を読み解くための学説
こうした「財政ポピュリズム」は今に始まったものではないが、昨今はコロナ禍による景気後退への対策が常態化したこと、また財政支出に関する学説がいろいろ出てきたことも契機になっている。論者がどの学説で論じているのか分かれば消費減税についての理解も速いし、自分で考えるさいにも役に立つ。ここでは(1)従来の財政学の赤字反対スタンス、(2)ニューケインジアンの条件選択的なスタンス、(3)MMT(現代貨幣理論)論者の高インフレが起こるまで財政支出は可能というスタンスの3つを説明しておこう。
まず、(1)の財政学のスタンス。財政学を専門にする論者の見解では日本の財政累積赤字は危機的状態にあり、どんな財政赤字でも批判対象になる。これは減税を嫌う財務省の立場に近い。次の財政学者・井堀利宏氏の指摘はかなり柔軟性のあるほうだと言える。「物価高で困窮する家計に政治が配慮するのは望ましい。しかし真の弱者に対象を限定した給付であるべきだろう。全国民対象の減税や給付金はインフレ抑制に逆効果であるだけでなく、財政規律を悪化させ将来に大きな負担を生じさせる」(日本経済新聞)。
(2)のニューケインジアンのスタンスも論者によってかなり幅があるが、不況での財政出動は当然だと考えている論者が多い。そのなかで以前は財政赤字に厳しかったが、2019年の論文「公的債務と低金利」でg>rであれば赤字があってもその経済に持続性があると論じたのがO・ブランシャールだった。gは経済成長率でrは金利。つまり、財政累積赤字が大きくても経済成長率が金利より大きい状態が続けば財政破綻しないというわけだ。安倍政権時代のプライマリーバランス論ではないかと思う人がいるだろうが、ブランシャールは「プライマリーバランスが赤字でもg>rが成立する条件がある」と述べている。
(3)のMMT論者においても創始者とされるL・R・レイはg>r式を自分の入門書で2012年の初版から取り上げている(『現代貨幣理論入門』)。しかし日本のMMT論者にとって財政累積赤字はほとんど問題にならない。自国通貨を発行できる国家ならばいくらでも財政支出は続けられ、国債は廃止してもかまわない。問題になるのはインフレだけで、その時は「増税すればいい」という。これは自民党右派の一部が導入したがっているが、危険なのはこの理論の根拠が脆弱なだけでなく、モデルを示さないので細かい場合分けができないことである。
高市首相はどのポジションか?
もうひとつ(4)を追加しておく。(2)のブランシャールの立場から出発したA・ミアン、L・ストローブ、A・スーフィの3人が組み上げた財政赤字論は、簡単にいってしまえば、「財政赤字を小幅に拡大すれば、赤字を増やしても債務対GDP比はむしろ減少するような諸条件のゾーンがある。しかし、そこから外れてしまうと赤字が増せば債務対GDP比も増加するようになり、g<rに至ってしまう」というものだ。日本では一部で注目されたが政策レベルでは本格的に議論されていない。
この議論を3人が最初に展開したのは2021年だが、翌年の「財政赤字のゴルディロックス理論」では「米国がg<rになるのは財政累積赤字が対GDP比で218%のとき、日本は446%」との意外な結論だった。ただしコロナ禍以前の19年を起点とし、米国の財政累積赤字が100%、日本が238%で金利はゼロ近傍という前提での議論である。
積極財政派として知られる高市首相は、(3)の匂いのする(2)を主張してきた。私は今の日本は(2)を基本に(4)の条件が成り立つゾーンを模索すべきだと思う。日本は3%台のインフレだが世界水準ではそれほど高くない(25年8月は2.7%)。失業率は2%台と低く、25年第2四半期経済成長は年率換算2.2%、トランプ関税などを織り込んだ予測では25年は0.9%(エコノミスト誌)、いま国債10年物金利は約1.6%、政策金利0.5%である。物価高対策ならば安易な消費減税より、米価対策に絞った政策が必要で有効だろう。

このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『 文藝春秋オピニオン 2026年の論点100 』に掲載されています。
(東谷 暁/ノンフィクション出版)