熊本県で起きた殺人事件を巡り、ハンセン病患者とされた男性が隔離先の「特別法廷」で死刑判決を受けて1962年に執行された「菊池事件」の第4次再審請求審で、熊本地裁(中田幹人裁判長)は28日、やり直しの裁判(再審)を認めない決定を出した。
第4次再審請求をしたのは男性の遺族だ。だが、請求に至ったのは死刑執行から約60年後。これほど長い時間を要したのは、根強く残る差別と偏見が大きな「壁」として立ちはだかったからだ。
男性は、1952年に熊本県北部の村の元職員が刺殺体で見つかった事件で殺人罪などに問われた。
隔離先の国立ハンセン病療養所「菊池恵楓園(けいふうえん)」(熊本県合志(こうし)市)に設置された特別法廷で無実を訴えたが、熊本地裁は53年、患者だと通報されたことへの逆恨みが動機と認定して死刑判決を下し、57年に確定。第3次再審請求が退けられた翌日の62年9月14日、40歳で執行された。
遺族「どうしてもできない」
再審弁護団で共同代表を務める徳田靖之弁護士(81)=大分県弁護士会=は99年春ごろ、園の入所者自治会の関係者から「自分は高齢で、あと何年生きられるか分からないが、男性が無実であることを証明しないと死んでも死にきれない」と相談された。
すぐに遺族の一人に連絡を取り、「冤罪(えんざい)なので再審請求してほしい」と説明した。
30分ほど話した後、遺族が口を開いた。「無実だとは分かっている」。だが涙を流し、続けた。「再審運動に取り組めば、事件のことを多くの人に知られてしまう。自分には家族を守る責任がある。どうしてもできない」
遺族は、男性がハンセン病とされたことを周囲に気づかれぬよう息を潜めて生きてきた。患者の家族だと知られた後に親族の縁談が破談になったケースなどを見聞きしてきたからだ。
今なお差別と闘わなければならない苦痛をまざまざと見せつけられた徳田弁護士は、菊池事件の特別法廷は憲法違反だったとの思いを強め、動き出した。
まずは「検察官が自ら再審請求すべきだ」と考え2012年、検察庁に要請書を出した。検察はなかなか判断を示さなかった。
「だったら最高裁に検証を求めよう」と13年、最高裁に特別法廷の検証を要請。最高裁は16年に「差別的な取り扱いが強く疑われる」とする調査報告書を公表し、謝罪した。
国賠請求訴訟は「違憲」判決
菊池事件を巡って元患者らが起こした国家賠償請求訴訟でも代理人を務めた。熊本地裁は20年2月に「特別法廷は憲法違反」と認める判決を出した。
この画期的な判決を基に熊本地検に対し、菊池事件で検察官が自ら再審請求するよう要求。応じないと20年11月、市民や元患者1205人による「国民的再審請求」に打って出た。
再審請求できるのは、刑事訴訟法で被告となった本人、親族と検察官に限るとされており、正式なものではない。
だが、特別法廷をテーマにしたシンポジウムで内田博文・九州大名誉教授(刑事法)が「憲法違反である場合、本人や親族でなくても、主権者たる国民が請求できる」という新説を示したことを参考にした。
権利保持のための「不断の努力」を国民に求める憲法12条の規定を根拠に「憲法違反の特別法廷で下された判決を放置させないことが国民の義務」と訴えた。
こうした積み重ねが、ついに遺族の心を動かした。徳田弁護士と連絡を取り合っていた遺族の一人が21年4月、第4次再審請求を熊本地裁に起こした。
徳田弁護士は訴える。「菊池事件の特別法廷は公平、公開の裁判を受ける権利をうたう憲法を著しく踏みにじった。背景にハンセン病への差別があり、遺族が声を上げられないことこそが事件の本質だ」【客員編集委員・江刺正嘉、野呂賢治】