なぜ日本の「保守」は世界と噛み合わないのか…欧米保守との“決定的な違い”

第二次高市内閣が、盤石の支持のもとで発足した。“アンチ移民”など世界の右傾化が進む中で、日本もその流れに沿って舵取りが進むのだろうか? 元国連職員でロンドン在住の著述家・谷本真由美氏(Xでは“めいろま”としてフォロワー25万人)による連載『世界と比較する日本の保守化』。今回は「日本の保守と欧米の保守の決定的な違い」について、歴史・文化的背景から考察する。◆変化や移動に貪欲な欧米諸国前回「変わらないこと」を合理的と捉える日本人の特殊性と、反対に「変わること」を合理的と捉える大陸国家の価値観や文化について考察したが、実は後者の「移動」や「変化」を合理的だと捉える感覚は、中国や朝鮮半島だけではなく、 中央アジア南アジアも同じであるし中東も似ている。そして、長年戦争と紛争を繰り返してきた欧州諸国の人々も、この移動を合理的と考える地域の人々だ。実際に住んだり仕事をしてみると非常によくわかるのだが、欧州諸国の人々というのは、全体的にその国民性がどちらかと言えば中国や中央アジア南アジアに近い。日本人は欧州の人々は非常に保守的で変化を嫌い、移動を好まないと思い込んでいるかもしれないが、そうではない。そもそも欧州の人々というのは、略奪を繰り返して豊かになってきたのである。それは、現在の発展途上国の多くが欧州の植民地であったことからもよくわかるだろう。まだ交通技術があまり発達していない頃にさえ、彼らは船に乗って遥か遠くの未開の地に資源と奴隷を求めて移動していったのである。航海の途中で命を落とすものも多かったし、渡航した先で現地の部族に殺害されることも少なくなかった。しかし、それでも移動を繰り返して略奪を続けていったのだ。そして渡航した先では宗教を変え、自分たちの言語を標準語にし、教育体系もすべて変え、邪魔になる現地人は奴隷として捕獲して、他の土地に連れて行ったのであった。これを電気もコンピューターも発達していない時代にやっていたのだから、実に恐ろしいことだ。とにかく安定を求める日本の人々のメンタリティーとは正反対であると言えよう。アフリカや中東、南米に行くと、こんな遠くにまで欧州人は来ていたのかと唖然とするのだ。現地には植民地時代に欧州が作り上げた建物や教会が残っており、現地の文化や言葉がことごとく消滅している地域も多い。無邪気で無知な日本人は、現地に行って欧州人が残したものを観光したりしているが、日本に武士がおらず、強固な管理体制がなければ、日本が同じ状況になっていたであろう。現代の彼らの企業経営やビジネスもまったく同じで、日本企業に比べると、とにかく変化が速く、ダメなものはすぐにやめてしまう。スタッフは使い捨てである。とにかく決断が早い。表面的には社会貢献とか平等など綺麗事を言っているが、収益性への追求度は日本よりはるかに真剣である。そしてその内面は極めて冷徹だ。さらに言えば、実はコツコツとものを作るような商売はあまり好みではない。時間がかかる上に、儲けが少ないからだ。