25年前に消えた女子高生、元捜査幹部が初証言「絶対に事件性がある」
2001年3月6日、室蘭栄高校1年生の千田麻未さん(当時16)が忽然と姿を消してから25年が経った。
「完全に事件に巻き込まれているという体制だった。家出する材料はなかった」
未だ手掛かりがつかめないこの事件について、当時、室蘭警察署で捜査の最前線に立っていた元幹部が初めて捜査の裏側をカメラの前で証言した。
「一生忘れられない」元捜査幹部の確信
当時、室蘭警察署刑事・生活安全担当次長だった見野則幸さん(68)は、現役を退いた今も「一生忘れられない」と振り返る。
全国で年間約8万件発生する行方不明事案の多くは、家出などで事件性はないとされるが、千田さんの件は違ったという。
「絶対に車で行かなきゃいけない距離まで移動している。これで我々は事件性があるなと」
その確信を抱かせたのは、千田さんが消息を絶つ直前の不可解な動きだった。
最後の4分間に起きた不可解な移動
千田さんのその日の足取りは詳細に記録されている。
高校入試のため休校日だった日の正午過ぎ、室蘭市白鳥台の団地の自宅を出た千田さんは、バスでJR東室蘭駅近くの商業施設へ向かった。
午後1時ごろから1時半ごろまで、化粧品売り場周辺を歩く姿が防犯カメラで確認されている。
その後、商業施設前で同級生2人とすれ違い、「どこ行くの?」と声をかけた。ボウリング場へ向かうと答えた同級生たちが、千田さんの最後の目撃者となった。
千田さんは再びバスに乗り、「東通」で下車。アルバイト先のパン店本店近くで交際相手と電話し、「下に着いたよ」と話した。
ところが、4分後の2回目の電話では「ちょっと今無理だから、後でかけ直す」と話した。PHSの位置情報を調べると、この4分間で1キロ弱も移動していたのだ。
大規模捜査でも見つからなかった証拠
事件性が高いと判断した警察は、千田さんが立ち寄ったとみられる複数の関係先に家宅捜索を実施した。
見野さんは初めてその事実を明かしながら、「いろいろな反応を見るんですよ。尿反応、血液反応、真っ暗にして照らしたが、何もない」と振り返る。
最悪の事態も想定し、海中捜索も行われた。
「室蘭警察署管内で暴力団が金庫を盗んだ事件があって、ボトボトと(海に捨てた)。回収する作業で機動隊が動いた。(千田さんが)海に沈められているかもしれないと300m四方探してもらったこともありました」
有力と思われる情報があれば、自ら現場に出向く必死の捜査が続いたという。
「室蘭市内で穴を掘った跡があるって情報があって『これはまずい』と署長と私も現場に行った。どんどん掘っていったら犬の骨だった」
家出ではない明確な根拠
千田さんが家出をした可能性は極めて低いとされる。書き置きはなく、アルバイトで貯めていたお金は家にそのまま残されていた。
外出時は軽装で、失踪当日の午前中には、美容室にキャンペーンについて電話をかけていて、近く髪を切りに行く予定があったとみられている。
また、千田さんは当時、自宅近くのパン店の支店でアルバイトしていたが、その日は本店に行く用事があったこともわかっている。
道警はこれまでに延べ4万8000人以上の捜査員を投入。「似ている人を見た」「俺は犯人を知っている」など333件の情報提供が寄せられたが、決定的な手がかりにはつながっていない。
当時の”捜査の限界”に、見野さんは悔しさをにじませる。
「今だったらドラレコあるし、スマホの位置情報あるし、防犯カメラあちこちついてるんですけどね」
今も高校2年生のまま
25年が経ち、千田さんは現在41歳。当時通っていた高校では「休学」とされ、今も高校2年生のままだ。
職員室の隣には今も情報提供を呼びかけるポスターが貼られている。
全道には、当時室蘭警察署でこの捜査に力を尽くした警察官が多数いるという。彼らの思いを背負い、見野さんは最後に訴える。
「いいですか、情報提供のお願いして。(当時)あの道を通った人が『うーん』と考えてくれればいい。そういう目撃情報さえあれば、(捜査は)前に進む。警察だけでは限界がある」
情報提供は、室蘭警察署(0143-46-0110)まで。 最寄りの警察署や知り合いの警察官への提供でも構わない。小さなことでもその一報が、捜査を動かす一歩になる。